2002年制作「パレスチナ記録映画」の人形劇に思いをはせる
欧米発のニュースと、中東発の英語表記のニュースと、欧米発のニュースに中東スパイスをまぶして編集した日本ニュースを読み比べながら、視座が異なると、切り取る景色がここまで違うのか、と驚く。
略奪と虐殺から逃れ安住の夢を見てさまよう民が、ある場所に暮らす民の暮らしを略奪し、圧倒的な戦力の差のもと、一方が石を投げつけるとミサイルが撃ち返されるような状況が長らく続いていきた。
こうした環境下で、憎しみが煮詰まりその土地を焦がす。
ふと思い出す。フランスのドミニク・デユボスク監督(Dominique Dubosc)による記録映画『パレスチナ,パレスチナ』(2002年公開)を。

2002年に公開された映画の舞台はパレスチナ、ヨルダン川西岸地区。人形劇師が子どもたちに人形劇を見せて回る様子をとらえる。
人形劇を見たパレスチナの子どもたちは、彼らが背負う歴史に没入し、怒り、叫ぶ。20年以上前の映像だから、あの人形劇を見た子どもたちは、もうとっくに大人になっている。あれから、どんな生活を送ってきたのだろう。
その映画のキャッチコピーでは、パレスチナ人を「ある民族の夢の捕虜」と称していた。
当時、パレスチナの住人には「軍令」という名目のもと、移動や消費、経済活動を制限する膨大なルールが課せられていた。
「特別の許可なく水をくみあげることを禁じる」
「果樹・野菜の栽培を禁じる」
「認可のない書物を読むことを禁じる」

多感な時期を 「”ある民族の夢“の捕虜」として過ごした子どもたちはどんな生活を送ってきたのだろう。
今、インターネット空間には「わかりやすい悪者」を設定し、問題を単純化する声があふれる。ある民族、ある宗教、ある過激派、ある指導者、「3枚舌外交」で状況を複雑化させた国、一方をえこひいきした国、過去に虐殺を扇動した組織……。
インスタントな怒りを刺激する数えきれない動画が「雲」の中に吸い込まれていく。さまざまな言語で。さまざまなプラットフォームで。この1週間で情報の量は加速度的に増え、雲の向こうの景色はますます見えにくくなっている。
前出の『パレスチナ,パレスチナ』の制作期と同じころに出版された本の中で、エルサレム生まれの文化批評家、故・エドワード・サイードは「無分別な破壊からなる新しい世界が到来した」とつづっていた。「文明の衝突」なんて安易な言葉を使うな、犯罪者として宗教的な要素をはぎとれ、「反テロ戦争開始」と煽り立てるのが最もお手軽な方法だから止めるべきだ、と警鐘を鳴らしていた(『戦争とプロパガンダ』より)。が、過去の警鐘は容易に忘れ去られる。
これ以上誰かの日常が壊されないよう、弱者がしいたげられぬよう、優しさが踏みにじられぬよう、憎しみが伝染しないように祈る人は世界中にあふれており、祈り続けるしかできないもどかしさを覚えている人も多くいるだろう。情報速度だけ見れば世界はこんなに狭くなっているのに、雲の中に停滞するさまざまな情報と混濁して祈りが届かない。
紹介した記録映画は動画サイト『Vimeo』にアーカイブが残っている。監督の名のアカウントだが、公式かどうかは不明。「palestine palestine (English version)」と検索するとヒットすると思われる。
