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「世界は遊び場」の現在地。アラフィフ外資ITマンが、高野山の「密教システム」で精神をデフラグした話。

「有事のリスクと円安を考慮した結果、僕は高野山に向かった。」
外資ITマンが宿坊で体験した、阿字観瞑想と精進料理の衝撃。歴史と現代が混在するカオスな聖地で見つけた、人生後半戦を生き抜くための「精神のデフラグ」記録。

僕はアラフィフのサラリーマンだ。

これまで国内外、それこそ数えきれないほどの場所を巡ってきた。けれど人生の後半戦に差し掛かり、僕の旅の重心は明確に「国内」へとシフトしている。

「遠くへ行きたい」という初期衝動が落ち着いたこともあるが、理由はもっと現実的だ。有事のリスク対応、そして何より昨今の物価高と円安。外資ITの世界でデータの安全やコスト効率に向き合っている身からすれば、この戦略的転換は極めて自然な流れだと言える。

今の僕のターゲットは「国内47都道府県の完全制覇」。

50年も生きていればすべて回りきった気でいたが、意外と空白地帯はある。

今回の実験場として選んだのは、和歌山県。

その中でも、聖地・高野山だ。


🚠 傾斜30度の結界を越えて

南海なんば駅から電車に揺られること1.5時間。

そこから現れたのは、斜度30度という驚異的な傾斜を登るケーブルカーだ。

この急勾配を越えるプロセス自体が、日常から切り離される「儀式」のように感じられる。

ケーブルカーからの眺め

高野山は不思議な街だ。住民3,000人のうち、なんと3分の1の1,000人がお坊さんだという。世界遺産の影響もあり、街には外国人観光客の姿が目立つ。

🧘‍♂️ 「無」ではなく「音」に集中するシステム

今回の宿は、宿坊「一乗院」。

ここで僕は、真言宗の瞑想修行「阿字観(あじかん)」、その中でも「阿息観」にトライした。

禅宗の瞑想が「心を無に保つ」ことを目指すのに対し、真言宗はマントラ(聖なる言葉)を唱え、特定の音や文字に意識を集中させる。梵字の「ア」の音を発し、その響きの中に自分を置く。

理屈ではなく、身体的なハックに近い。

レクチャーを含めた1時間は、まさに「調息調心」の時間だった。……もっとも、精神が整うのと引き換えに、僕の足は無慈悲に痺れきっていたのだけれど。

🍱 「精進料理」という名の、緻密な味覚設計

お寺の食事に対して「質素で物足りない」という先入観を持っているなら、それは大きな間違いだ。

供された精進料理は、肉や魚を一切使わない制約の中で、ゴマや湯葉、山椒や香草を駆使し、驚くほど重厚な満足感を生み出していた。


精進料理の一部
手がこんでいる上に美味しい

ボリュームと味を両立させながら、食後感は驚くほど軽い。

9時に就寝し、5時半に起きる。外資ITのスピード感の中にいると忘れがちな「人間本来のOS」を取り戻すようなサイクルだ。

🕯 揺らめく灯火と、副交感神経のバグ

朝6時半。本堂での「勤行(ごんぎょう)」に参加する。

蝋燭の灯火に照らし出された十一面観音や不動明王、そして空海像。揺らめく影が仏像に命を吹き込み、堂内にはミステリアスな、それでいて圧倒的な静寂が満ちていた。

40分間、お坊さんが唱えるお経をひたすら聞く。最後の数分、般若心経を読み上げる所のみ参加している宿泊者も斉唱する形になっている。

隣で妻が咳き込み、鼻水をすすり始めた。医学的に見れば副交感神経が刺激された結果なのだろうが、この場所ではそれを「浄化」と呼びたくなる。

理屈を超えた何かが、そこには確かにあった。

🌲 戦国大名と現代企業が混在する、カオスな聖地

宿坊を後にし、奥の院へと向かう。

樹齢数百年の杉木立の中、2kmにわたって続く参道には、武田信玄、豊臣秀吉、織田信長といった名だたる戦国大名の墓所が並ぶ。

木の生い茂る道をひたすら歩く

驚いたのは、その傍らに現代の大企業や老人クラブの供養塔が平然と並んでいることだ。

歴史的な英雄と、現代の資本主義の象徴。この圧倒的な「カオス」を飲み込んでいるのが、高野山の懐の深さなのだろう。

⛩ 曼荼羅という名の、完成されたインターフェース

旅の締めくくりは、壇上伽藍(だんじょうがらん)への道のりだ。

奥の院から改めてバスに揺られて順路を戻り、「大門」で僕は正式に高野山の結界へと足を踏み入れた。大門は高さ25.1メートルの巨大な朱塗りの門であり、両脇を金剛力士像に睨まれた形で構成されている。

大門を進んで数分くらいのところに壇上伽藍はある。そこには金堂と併せ、西塔と根本大塔が立ち並んでいる。

真言宗では、物事を「慈悲と知恵」のように対で捉える。

金剛界と胎蔵界。根本大塔と西塔。

そして、根本大塔の朱色の柱に描かれた仏さまたちが構成する空間は、それ自体が巨大な立体曼荼羅だ。密教だけに、拝観時間は5分程度と「密」な時間だったが、その情報量は凄まじい。

ITの世界で「UI/UX」を語る僕にとっても、これほど完成された精神的インターフェースは他にないと感じた。

⛰ 「泥臭い実験」を終えて

帰路もまた、バス、ケーブルカー、電車を乗り継ぐ3時間近いタフな道のりだ。

けれど、なんば駅に降り立ったとき、僕の心には確かな「余白」が生まれていた。

和歌山県制覇という小さな達成感とともに、真言宗の総本山で触れたマインドフルな精神。

世界は遊び場だ。

真剣に遊び、真剣に学び、そして得た知見をまた日常へと還していく。
次はどの空白地帯を埋めに行こうか。

僕の「実験ログ」は、まだまだ終わらない。


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