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ウ・ドファンの怪演と、回収されない伏線。韓国ドラマ『Mr. プランクトン』を観て考えた「人生」のこと

【正直レビュー】Netflix『Mr. プランクトン』を完走。ラブコメの皮を被った「放浪の哲学」?ウ・ドファンの圧倒的な演技力と、あまりに自由奔放なストーリー展開に、僕が感じた戸惑いと本音を綴ります。人生を漂うプランクトンのような僕たちに、この物語が残したものとは。

僕は韓国語を学び始めてから、毎晩の韓国ドラマ鑑賞を日課にしている。

12月に入り、『ホテルデルーナ』や『刑務所のルールブック』といった重厚な長編を完走した。少し軽めの作品を挟もうと思い、Netflixオリジナルの『Mr. プランクトン』にカーソルを合わせた。

名脇役であるオ・ジョンセ氏の出演、そして『イカゲーム』で強烈な印象を残したイ・ユミ氏の共演。このキャスティングだけでも、僕の期待値は十分に高まっていた。

※ここから先はネタバレが含まれるため、未視聴の方は注意してほしい。

【作品概要】

  • 原題: Mr. 플랑크톤

  • あらすじ: 自分が面白い(재미있다)と思うことしか引き受けない気まぐれな便利屋ヘジョ。事務所の家賃も滞納するような彼のもとに、ある日「結婚式で自分を拉致してほしい」という奇妙な依頼が舞い込む。一方、ヘジョの元恋人ジェミ(재미)は、500年続く宗家の息子オ・フン(어흥)との婚礼を目前に控えていたのだが……。


「プランクトン」というタイトルに込めた哲学

正直に言うと、視聴前は『Mr. プランクトン』というワードが今ひとつピンとこず、バックログに眠らせていた。1月の足音が聞こえる中、「年内に消化しておこう」という消去法に近い動機で視聴を開始したのが本音だ。

結果として、僕の予感は的中したと言わざるを得ない。この「プランクトン」という漠然としたタイトル通り、中身が今ひとつ締まりきっていないように感じたのだ。

劇中でプランクトンが直接的に関わる描写はほとんどない。終盤、ヘジョが「プランクトンがどういった存在か」を語るシーンでようやく回収される程度だ。タイトルコールが作品の外側に逸れているため、ドラマとして何を伝えたいのかが直感的に響いてこないのが惜しい。

ただ、視点を変えて考察すれば、この作品のテーマは大上段に「人生とは何か?」という問いにあるのだろう。

人間は死ぬ時に何を思うのか。死が分かっていながら、どう生き抜くべきか。漂うプランクトンのように、一見価値がないように見える生命にも、天から与えられた役割があるのではないか——。そんな哲学的なフォーカスを感じた。

ラブコメとしての消化不良と「流されすぎる」ヒロイン

僕は当初、この作品をラブコメだと思って観ていた。その先入観が、感情移入を難しくした要因かもしれない。

ラブコメとして観れば、「ジェミの恋の行方はどちらか?」という二元論に陥る。しかし、ヘジョとジェミの過去の描写が乏しいため、なぜ二人がそこまで惹かれ合っているのかが描き切れていない。結果として「結局、イケメンが良いからでしょ」という帰結に見えてしまった。

特に、オ・フンを演じたオ・ジョンセ氏演の扱いには不満が残る。彼はいつも悪役か、フラれるか、災難に遭う役回りが多い。今回こそは、彼の一途な思いが報われるハッピーエンディングがあっても良かったのではないか。

また、ヒロインのジェミに対しても違和感を拭えない。なぜあそこまでヘジョに執着するのか。未練があるなら、なぜ宗家の許嫁という道を選んだのか。いったん結婚することになったとはいえ、婚礼前に解消するチャンスはあったはずだ。

ヘジョに拉致され、流されるままに彼のもとへなびいていく姿は、あまりに唐突で「尻軽」という印象を与えかねない。ライバル不在のストーリーの中で、オ・フンが平凡な「噛ませ犬」に終わってしまったのは、コメディとしてのメリハリを削いでしまったように思う。

散らかりっぱなしの伏線たち

ストーリーのプロットに関しても、ヤクザの追跡という盛り上がりそうな要素がありながら、主人公補正が強すぎて緊張感に欠ける。ヘジョが無傷な一方で、パシリのユ・ギホがナイフで刺されるなど悲惨な目に遭いすぎるのは、冗談としても笑えない。

さらに、多くの伏線が回収されないまま放置されているのも気になった。

  • チルソンから逃げたイ・ヨンヒの行方は?

  • ヘジョの実父は結局誰だったのか?

  • 育ての親の支援の実態や、事務所の地域開発はどうなったのか?

  • 恩人ボンスクやジョン・ナの過去、ジェミの閉経のトリガーは?

これら全てが「散らかりっぱなし」の印象を強めてしまった。

言葉遊びとキャラクターの乖離

登場人物の名前には、面白い語呂合わせが隠されている。

  • ヘジョ(해조): 「〜して(해줘)」という発音に近い。

  • ジェミ(재미): 「面白い(재미있다)」から取られた「面白味」。

  • オ・フン(어흥): 氏名の響きが虎の鳴き声「ガオー」になっている。

しかし、この設定も空回りしているように感じる。ヘジョは何かをしてあげるどころか人を拉致し、ジェミは「面白い」どころか二股のような振る舞いで僕を困惑させた。設定を盛り込むなら、もう少しストーリーに密着させてほしかった。

唯一の収穫、ウ・ドファンの「化けっぷり」

この作品で唯一、手放しで評価できるのはウ・ドファンの演技力だ。

『ブラッドハウンド』で見せた誠実な好青年とは正反対の、危ういキャラクターへの変身。最初は彼だと気づかないほどの化けっぷりだった。

▼僕のドラマレビューはこちら

肉体美は相変わらずだが、役作りのためか、以前より絞り込まれたその佇まいには圧倒された。


最後に

僕は韓国ドラマを観る際、冒頭の設定部分で退屈になることが多いのだが、今作は珍しく終盤に行くにつれてトーンダウンしてしまった。

とはいえ、このドラマが「人生を目的なく放浪し、楽しむこと」を肯定しているのだとしたら、それは一つのメッセージとして受け取れる。ルールや家柄、身体的な変化すらも、生きることに比べれば大したことではない。死のカウントダウンを提示することで、逆説的に「今、生きていることの価値」を訴えたかったのかもしれない。

僕の人生の目的は「発見」だ。そして人生哲学は「この機会を楽しむこと」にある。

作品としては不完全燃焼だったが、「人生は一度きり。与えられた命を大切に紡いでいこう」と改めて考えさせられた。

皆さんは、この結末をどう受け止めましたか?

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