見出し画像

送信取り消せ!

金曜の夜九時。私はオフィスで、人類滅亡の危機に瀕していた。

「待って、嘘でしょ、無理無理無理!」

効率命のスマート女子・紗季、26歳。今、人生最大のバグを発生させている。 クライアントへの「超社外秘・未発表デザイン」を、あろうことか全グループ会社宛のメールに添付し、予約送信ボタンを押してしまったのだ。

自動送信まで、あと十五分。しかも無情にもシステムがフリーズした。 脳内でサンバカーニバルが踊り狂う。オワタ。私のキャリア、完全終了である。

「……これ、食べる?」 背後から、低く平坦な声がした。 振り返ると、同期のエンジニア・蓮が立っていた。 いつも無口でポーカーフェイス、仕事以外では一言も喋らないロボット男。そんな彼が、なぜか両手に「激辛麻婆豆腐」の容器を抱えている。

「蓮くん!? 今それどころじゃ! 誤送信! あと十三分で会社が飛ぶ!」 私がデスクの猫型付箋を千切りながら叫ぶと、彼は表情一つ変えずに私の隣に座った。

「知ってる。だから麻婆豆腐買ってきた。紗季、ストレスたまると辛いもの食うから」 え、なんで私のニッチな生態知ってるの?

蓮は無言で、自分のノートPCを私の回線にハッキング同然で接続した。 キーボードを叩く彼の指先が、残像が見えるほどの爆速で動き出す。

「三分で強制介入プログラム走らせる。そこ、猫の付箋千切るのやめろ。可愛いから」
「……はい?」

今、なんて言った? パニックの脳に、蓮のローテンションな暴言(?)が突き刺さる。

彼のPC画面に、黒い背景のコードが滝のように流れ出した。 タイパ至上主義の私もビビる、天才の仕事。だが、私の目はそのコードの端っこ、開発者用のメモ欄(コメントアウト)に釘付けになった。

『12:00 紗季さん、今日も猫の真似して伸びてた。尊い』
『15:00 紗季さんのタイピングが荒い。金曜の夜に誤送信やらかす確率87%。リカバリー用の特製マクロを組む。絶対に俺が守る』

「ちょっと待って蓮くん!! このメモ何!?」 私の絶叫をスルーし、蓮は「Enter」キーをパーンと叩いた。 画面に『送信取り消し完了』の文字が躍る。残り時間は三十秒だった。

「よっしゃあ!」と叫ぶ私。しかし、疑問は山積みだ。 蓮はふいっと顔を背けた。耳の先が真っ赤になっている。

「お前、いっつも一人で抱え込んで、バタバタして……危なっかしいんだよ」
「え、あ、あの……」
「喋ると『好きだ』とか『可愛い』しか言えなくなるから、業務以外は黙ってた。お前の仕事の効率、下げたくなかったし」

無口の理由が、まさかの「限界オタクのオーバーヒート」だったなんて、聞いてない。

彼の手元を見ると、毎朝私のデスクに置かれていた激辛麻婆豆腐のチラシが、くしゃくしゃに握りしめられていた。 冷淡だと思っていた彼の沈黙は、私への爆発しそうな愛を隠すための安全装置だったのだ。

「……麻婆豆腐、冷める。食うぞ」 ぶっきらぼうにスプーンを差し出す彼の横顔は、やっぱりいつも通り無表情だ。 でも、繋がったPCの画面には、私の好きな猫のアイコンがこれでもかと並んで点滅している。 愛が重い。重すぎる。だけど、私のバカげた大失敗を世界で一番鮮やかに救ってくれたのは、この不器用な天才だった。

私は笑って、スプーンを受け取る。

「ねえ、これからは業務外の話も、いっぱいしてよね。タイパ最悪な、無駄話」

蓮は一瞬目を見開き、それから、今まで見たこともないような、とびきり嬉しそうな顔で頷いた。

恋の送信ボタンは、もう押し間違えない。 私たちのシステムは、これから一生、バグだらけのハッピーエンドを更新し続ける。


#オフィスラブコメ #ハッピーエンド #送信取り消せ #note小説 #ギャップ萌え #限界オタク #共感 #創作 #溺愛男子 #ラブコメ最高 #創作大賞2026 #恋愛小説部門

いいなと思ったら応援しよう!

スキマ時間に恋物語 お読みいただきありがとうございます。あなたの温かいサポートが、次の恋の運命を動かす特別な「ラッキーアイテム」になります。ベッドに入る前のほんの5分、いつもの通勤路がもっとロマンチックに見えてくるような極上の短編小説を、これからもお届けしていきます。