セカンド・オピニオンって、勇気がいるよね
「違う答え」が欲しい。
セカンドオピニオンを受ける人の心には、そんな期待と不安が入り混じっています。
それは、別の治療法を探す時間であり、
今の自分を、もう一度確かめる時間でもあるのだと思います。
「
なんで自分なんだろう」
しらかわさんは、自己免疫の病気を抱えています。
一般的には関節の病気として知られていますが、しらかわさんの場合は、免疫の異常が視神経に向かいました。
少しずつ、視力が落ちていく。
とても珍しいケースで、治療法もまだ確立されていません。
現在も大学病院で治療を続けています。
「大学病院」。
その言葉には、多くの人が最後の砦のような響きを感じるのではないでしょうか。
だからこそ、
そこで「難しいですね」と告げられた時の衝撃は、計り知れません。
しらかわさんは、その言葉の意味が、すぐには理解できなかったそうです。
難しいって、どういうことなんだろう。
治らないということ?
止められないということ?
頭の中を、いろいろな言葉が巡ります。
そして最後に残ったのは、
「なんで自分なんだろう。」
しかも、目なんだ。
その言葉を聞いた時、ぼくは胸が詰まりました。
しらかわさんは、感情を大きく表に出す人ではありません。
だからこそ、その静かな語り口が、現実の重さをそのまま伝えてくれます。
駅の案内表示が読みにくくなる。
子どもの表情が、少しずつ見えなくなる。
そんな小さな変化が積み重なり、
世界そのものが、少しずつ変わっていく。
「世界が変わり始めている感じだった。」
その一言が、今も心に残っています。
希望を探しに行く時間
そんな中で、しらかわさんは主治医に伝えます。
「ほかの先生の意見も聞いてみたい。」
その一言を口にするまでには、大きな勇気が必要でした。
先生の気分を悪くしないだろうか。
見放されてしまわないだろうか。
そんな不安が、頭をよぎったそうです。
どこか日本人らしい感覚なのかもしれません。
でも、その気持ちはよくわかります。
それでも、人は厳しい現実の前に立つと、「違う答え」を探したくなります。
「まだ方法があります。」
「別の可能性があります。」
そんな言葉を、どこかで期待してしまう。
しらかわさんも、頭では理解していました。
難しい病気だということも。
現実が厳しいことも。
それでも心は、
「まだ何かあるかもしれない。」
そう思わずにはいられなかったそうです。
ぼくは、その気持ちは弱さではないと思います。
生きたい。
諦めたくない。
その思いがあるからこそ、人は希望を探すのではないでしょうか。
正解より、大切だったもの
結果として、セカンドオピニオンで治療方針が変わることはありませんでした。
不安が消えたわけでもありません。
それでも、しらかわさんは言いました。
「よし、闘おうと思えた。」
そして、もう一つ。
「聞いていいんだと思えた。」
この言葉が、とても印象に残っています。
ぼくたちは、
つい遠慮してしまいます。
質問すること。
迷っていることを伝えること。
それだけで、
「失礼なんじゃないか。」
そんな気持ちになってしまう。
でも、自分の人生について悩み、納得できるまで尋ねることは、決して悪いことではありません。
しらかわさんは最後に、こう話してくれました。
「セカンドオピニオンは、希望を探す時間だった気がします。」
結果を変えるためだけではない。
これから、自分はどう生きていくのか。
その答えを探す時間でもあった。
だから、あの時間に必要だったのは、
「正解」だけではなかったのでしょう。
音声でも話しています。
