「アメリカ頼み」の限界。SpaceXのFalcon9ロケットがなくなる前に、日本はどう動くいているのか。
by Takae Yamaguchi
宇宙開発といえば、「ロケットをいかに高く、遠くへ打ち上げるか(往路)」ばかりが注目されがちです。イーロン・マスク率いるSpaceXの「Falcon 9」や「Starship」のニュースを見ない日はありません。
しかし今、宇宙ビジネスの最前線では「どうやって地球に安全に帰ってくるか(復路)」という、もう一つの巨大な壁(ボトルネック)を巡る戦いが始まっています。
実は、現在の「SpaceX一強」の裏には、日本も含めた世界が陥っている「ある致命的な弱点」があります。そしてその隙を突き、日本のあるスタートアップが「世界中が欲しがるプラットフォーム」を強かに構築しようとしています。今回は、政治と金のリアルな視点から、日本の宇宙生存戦略を紐解きます。
「SpaceXがコケたら全員道連れ」という薄氷の現状
現在、アメリカ(NASA)をはじめ、日本(JAXA)も有人宇宙飛行のほぼすべてをSpaceXの「Falcon 9」と宇宙船「Crew Dragon」に依存しています。
しかし、この「一極集中」には極めて危険なリスクがあります。
バックアップがない:Falcon 9が小さな不具合で一時的な飛行停止処分を受けるだけで、JAXA宇宙飛行士のミッションも連動してすべてストップします。
価格上昇:宇宙ジャーナリストのエリック・バーガー氏によると、関係者の話では、ファルコン9の有人ミッションの価格は上昇中とのこと。
対抗馬の不在:ボーイング社の「Starliner」は深刻なトラブルが続き、ロシアの「ソユーズ」はウクライナ情勢の悪化から頼りにくい状態です。

「アメリカに頼れば事足りる」というのは今だけの話であり、実は安全保障の観点からは非常に危うい状況なのです。
欧州の次世代宇宙船「Nyx(ニクス)」の華やかな挑戦
ここで、世界が今最も注目しているヨーロッパの動きを見てみましょう。
元エアバスのエンジニアたちが集まったスタートアップ「The Exploration Company(TEC)」が開発する「Nyx(ニクス)」という宇宙船です。
彼らは「ロケットに依存しない(どの国のロケットでも飛べる)」というコンセプトを掲げ、2028年の無人貨物飛行、そして2035年以降の有人宇宙船(宇宙タクシー)化を目指し、何百億円ものグローバルマネーを集めており、SpaceXのFalcon9の運用が狭まる中、注目を集めています。

一見、欧州が時代の最先端を走っているように見えますが、実は「すでに宇宙船としての完成度や実績で、欧州を遥かに凌駕している国」があります。それが日本です。
なぜ見過ごされる?日本の「HTV-X」が持つ隠れた強み
日本がH3ロケットで打ち上げる新型補給機「HTV-X」は、海外のライバル(Nyxなど)と比較しても、すでに極めて優秀なプラットフォームとして完成しています。
特に優れているのが、以下の3つの要素です。
① 世界でもトップクラスの実績を持つドッキング技術
宇宙ステーションへのドッキングには、ISSのロボットアームで掴んでもらう「バーシング」と、自力でガチャンと合体する「ドッキング」があります。日本は前身の「こうのとり(HTV)」で成功率100%の偉業を成し遂げており、HTV-Xではさらに高度な自律自動ドッキングを標準装備しています。これは一朝一夕には真似できないJAXAと三菱重工の結晶です。
② 拡張性の高い「サービスモジュール」
HTV-Xは、推進系や電源、通信などを担うサービスモジュール(動力部)を共通基盤とする設計が大きな特徴です。
興味深いのは、このサービスモジュールが「現在のISS補給」だけを目的に設計されたものではないことです。JAXAのHTV-X開発責任者である内山崇氏は、林公代氏とのインタビューで、開発初期の段階から10種類以上の発展シナリオを検討し、将来大規模な設計変更が必要にならないよう、あらかじめ拡張性を盛り込んだと説明しています。サービスモジュール内部には、将来モジュール同士を連結するためのスペースも確保され、小型宇宙ステーションへの発展構想まで議論されていました。
第2回のインタビューでは、このサービスモジュールを軌道上で再利用し、新たな与圧モジュールを組み合わせることで「宇宙タクシー」のような発展形態も紹介されています。
もちろん、有人宇宙船へ発展させるには生命維持装置や耐熱シールドだけでなく、打上げ脱出システム、人間認証(Human Rating)、高度な安全設計など、多くの追加技術が必要です。しかし、HTV-Xが補給機としてだけではなく、将来のさまざまな宇宙輸送へ発展できる共通基盤として構想されている点は、日本の宇宙開発の大きな強みと言えるでしょう。
HTV-Xの本当の価値は、サービスモジュールという共通基盤を育てることで、補給機、月補給機、帰還カプセル、さらには将来の宇宙輸送システムへと発展できる「プラットフォーム」として構想されている点にあります。
③ 深宇宙にも対応できる設計思想:「月」まで行けるタフさ
Nyxが現在は地球低軌道(LEO)での貨物輸送を主な目標としているのに対し、日本ではHTV-Xを基盤として、NASA主導の月周回拠点「Gateway」への補給機(HTV-XG)の開発が進められていました。
地球低軌道だけでなく、月近傍まで物資を運び、自律的にランデブー・ドッキングを行う能力は、世界でも限られた国・企業しか目指していない領域です。
つまりHTV-Xは、ISS補給だけで完結する宇宙船ではなく、将来の深宇宙輸送まで見据えた技術基盤として位置付けられています。
2030年「商業宇宙ステーション(ポストISS)」の巨大な椅子取りゲーム
なぜ今、この技術が重要なのか。それは2030年末の国際宇宙ステーション(ISS)退役の後に、「民間主導の商業宇宙ステーション時代」が100%やってくるからです。
米国のAxiom Space(アクシオム・スペース)やVast(ヴァスト)といった企業が、こぞって独自の民間宇宙ステーションを建設しています。そこでは、民間企業による「宇宙での創薬(バイオ医薬品開発)」や「最先端材料の実験」が日常的に行われます。
この時、世界中の民間ステーションが喉から手が出るほど欲しがるのが、「ステーションへ確実に物資を送り(往路)、実験成果を安全に地球へ持ち帰る(復路)インフラ」です。
技術的に、日本の「HTV-X」はこの巨大な民間宇宙市場の王者になれるポテンシャル(宇宙タクシー構想)を間違いなく秘めています。
「政治と金」のジレンマ:なぜ日本政府は動かないのか?
これほど優秀なHTV-Xがあり、商業宇宙ステーションという巨大な市場が目の前にあるのに、なぜ日本は「国産有人宇宙タクシー」を正式に大々的に発表しないのでしょうか?
そこには、日本の宇宙開発が抱える冷徹な現実があります。
アメリカとの互恵関係で満足している:日本はHTV-Xで月へ物資を運ぶ見返りとして、日本人宇宙飛行士の「月面着陸枠」をすでに2席確保しています。中国と違い、「自前でリスクを負わなくても、アメリカに乗せてもらえる」現状が、政治的な独自開発の熱量を奪っています。
失敗が許されない文化:有人化には数千億円の予算と、万が一の「人命のリスク」が伴います。リスクを極度に嫌う官僚・政治文化において、「自前で有人船を」という決断は極めてハードルが高いのです。
伏線回収:だからこその「Elevation Space」という裏口ルート
国が直接「有人宇宙船を作る」と言えないなら、どうするか?
日本政府が出した「賢い答え」が、10年で1兆円規模の「宇宙戦略基金」を使い、Elevation Spaceのような民間スタートアップをハブ(窓口)にすることでした。
JAXAや重工メーカーが持つ「大気圏再突入(帰り道)」のコア技術を、民間企業であるElevation Spaceに継承・移転。彼らが米国の宇宙技術大手 Redwire(レッドワイア) や Axiom Space と超高速で事業提携を結ぶことで、「政府が表立って動けない代わりに、民間がアメリカの商業宇宙ステーション市場へ直接切り込む」というルートを完成させました。
ここで重要なのは、日本は「政治とお金さえ揃えば、いつでも一瞬で有人宇宙船を実用化できる状態」を裏で作っているということです。
有人化における最大の難所であり、かつ最大の欠陥・リスクになり得る「過酷な大気圏再突入」と「地球への安全な帰還」という技術的課題。これを今のうちに民間市場の力を借りて「しらみつぶし」に実験し、完璧に潰しておく。
一見、寄り道をしているように見えて、これこそが「来たるべきその時」に最速でトップに躍り出るための、日本独自のステルス戦略なのです。
ヨーロッパの「Nyx」が華やかに巨額の資金を集めて有人化を謳う裏で、日本は「世界最高峰の技術(HTV-XのDNA)」を「民間のスピード(Elevation Space)」と「国の資金(宇宙戦略基金)」でマッシュアップし、一番美味しい『商業宇宙の帰り道』のポジションを強かに取りに行っているのです。
ロケットの打ち上げ数や派手なプレゼンだけでは見えてこない、これこそが日本のリアルで、最もエキサイティングな宇宙生存戦略です。
「危ないから自前で作ろう」ができない、日本の政治と金
「なら、日本も独自の有人宇宙船を作ればいい」
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