Crew-10帰還後会見 大西卓哉宇宙飛行士らが語ったISSの科学、国際協力、商業化
国際宇宙ステーションは、2030年までの運用終了へ向かう一方、今も改修と研究を続けています。今回は、大西宇宙飛行士の帰還を振り返り、Crew-10のミッション後の記者会見をご紹介します。
2025年8月20日、米国テキサス州ヒューストンのNASAジョンソン宇宙センターで、SpaceX Crew-10の帰還後記者会見が開かれました。登壇したのは、Crew Dragon「Endurance」のコマンダーを務めたNASAのアン・マクレーン宇宙飛行士、パイロットのニコール・エアーズ宇宙飛行士(初飛行)、JAXAの大西卓哉宇宙飛行士です。ロスコスモスのキリル・ペスコフ宇宙飛行士はロシアへ帰国していたため、出席しませんでした。
3人の言葉から見えたのは、ISSは、人間の身体、国際チーム、商業宇宙飛行、地球とのつながりを同時に試す「生きた宇宙ステーション」だとうことでした。
148日間の飛行と146日間のISS滞在
Crew-10は2025年3月14日、ケネディ宇宙センターからFalcon 9で打ち上げられました。4人は宇宙で148日間を過ごし、そのうち146日間をISSで滞在。地球を2368周し、飛行距離は約6280万マイル(約1億1,000万キロメートル)に達しました。
滞在中には、ソユーズ宇宙船や補給船の到着と出発、船外活動、Axiom Mission 4の受け入れ、600時間を超える研究などを実施。8月9日にはカリフォルニア州サンディエゴ沖へ着水しました。NASAの有人Crew Dragonミッションが太平洋へ着水したのは初めてです。
会見では、着水時の約3フィート(約90センチ)の波を「もしかして津波?」と冗談を言うほど大きく感じたと振り返り、無重力から地球へ戻った直後ならではの感覚を笑顔で語りました。
「生きた宇宙ステーション」は最後まで更新を続ける
マクレーン宇宙飛行士は、ISSを「living space station」と表現しました。
ISSは運用開始から約25年がたちました。設計には35年以上前の技術も含まれます。長く安全に使うには、電力、通信、生命維持装置を継続して点検し、更新しなければなりません。
2025年5月1日、マクレーン宇宙飛行士とエアーズ宇宙飛行士は5時間44分の船外活動を行いましたが、2人は通信アンテナを移設し、将来追加するロールアウト型太陽電池アレイ「IROSA(International Space Station Roll-Out Solar Array:国際宇宙ステーション展開型太陽電池アレイ)」の取付金具を設置。将来の更新に備える作業でした。IROSAは、ステーションの従来の太陽電池アレイよりも小型で、より多くの電力を発電でき、2017年6月に初めて軌道上の実験室で実証され、科学研究やその他の活動に利用できる電力を増強するために、これまでに8基が設置されています。

ISSはただそのまま引退を待つ施設ではなく、マクレーン宇宙飛行士は、運用最終日まで安全を守るために更新を続ける必要があると説明しました。
5か月間、宇宙で走らなかった大西卓哉宇宙飛行士
大西宇宙飛行士は、宇宙医学研究「Zero T2」に参加しました。T2はISSに設置されたトレッドミルです。大西宇宙飛行士は滞在中の約5か月間、T2を使いませんでした。
宇宙飛行士は通常、微小重力で筋肉と骨が弱るのを抑えるため、トレッドミル、エアロバイク、抵抗運動装置AREDを使います。Zero T2は、トレッドミルを使わない場合に身体がどう変化し、帰還後に重力へどう再適応するかを調べる研究です。
帰還直後は、立つことも歩くことも大きな負担になります。会見では、階段で息が切れ、短時間の自転車運動でも強い疲労を感じる一方、約10日後には走れるまで回復した経験が語られました。
月面基地や火星航行では、ISSと同じ大型運動器具をすべて持ち込めるとは限りません。この実験は限られた時間、質量、電力の中で、どの運動が本当に必要かを決める材料になります。
深宇宙でも通信は精神を支える
大西宇宙飛行士は、2016年の初飛行と比べ、地球との通信環境が大きく改善したと話しました。家族や友人と連絡しやすくなったことが、心理面の支えになったといいます。
ただし、月や火星では事情が変わります。月との通信には短い遅延があり、火星では位置関係によって片道数分から20分以上かかります。ISSで得た「つながることの価値」は、そのまま深宇宙へ持ち込めません。遅延を前提とした家族支援、医療支援、チーム運営を設計する必要があります。
船外活動を支えたのは、相互の信頼だった
エアーズ宇宙飛行士にとって、今回が初めての船外活動でした。マクレーン宇宙飛行士にとっては3回目。船内ではNASAのジョニー・キム宇宙飛行士らが宇宙服の装着を支え、地上の管制チームが作業全体を監視しました。


船外活動では計画変更もありましたが、それでも2人は安全に帰還し、主要目標を達成しました。
マクレーン宇宙飛行士は、船外活動では互いに命を預けられる信頼が必要だと説明。経験者が一方的に新人を助けるのではありません。マクレーン宇宙飛行士は、エアーズ宇宙飛行士も同じか、それ以上に自分を助けたと振り返りました。
ハッチが閉じた後、大西宇宙飛行士がエアーズ宇宙飛行士を宇宙服から出す作業を手伝いましたが、アーズ宇宙飛行士は、それがその日で最も好きな瞬間だったと語りました。船外活動は、宇宙に出た2人だけの仕事ではなく、船内と地上を含む一つのチームの仕事です。
宇宙の研究が地上の薬と材料につながる
会見では、ISS研究が地上にもたらした成果が紹介されました。
タンパク質結晶成長研究は、がん免疫治療薬キイトルーダの有効成分ペムブロリズマブについて、注射製剤に適した粒子の構造や大きさを調べる研究に知見を与えました。
Ring-Sheared Drop実験は、液体を容器の壁に触れさせず、表面張力で保持しながら、アミロイド線維の形成と流れを調べます。アミロイドはアルツハイマー病やパーキンソン病などに関係するタンパク質凝集体です。この研究は、病気の仕組みの理解だけでなく、微小重力を使った医薬品や材料の製造技術にもつながる可能性があります。
大西宇宙飛行士が特に印象に残った実験として挙げたのは、JAXAの静電浮遊炉「ELF」です。静電気で試料を浮かせ、容器に触れさせずにレーザーで2,000度から3,000度まで加熱します。容器の影響を受けにくい状態で物質の性質を測れるため、宇宙での一滴や一粒から得たデータが、地上の薬、材料、製造法を変える可能性があり地上での新材料開発にも役立ちます。
「Holy Wow!」が示した宇宙写真の役割
ISSにはNikon Z9を含む複数のカメラがあり、宇宙飛行士は、地球観測、災害記録、科学研究、広報のために撮影します。
エアーズ宇宙飛行士は、雷雲の上空に現れるスプライトやブルージェットなどの過渡的発光現象を撮影しました。

ISSのクルーは、特に驚いた写真を共有するフォルダを「Holy Wow!」と呼んでいました。写真は短時間しか現れない自然現象の科学データとなり、国境のない一つの地球を伝える手段にもなります。

Axiom Mission 4が映した低軌道の変化

Crew-10は、インド、ポーランド、ハンガリーの宇宙飛行士を含む民間有人飛行Axiom Mission 4をISSへ迎えました。

低軌道へ参加する国と企業が増えれば、研究テーマ、資金、技術、人材も広がります。一方で、安全基準、指揮系統、研究成果の扱い、文化の違いを調整する力が、これまで以上に必要になります。
大西宇宙飛行士は滞在中にISS船長を務めました。異なる文化と専門性を持つメンバーをまとめた経験は、将来の国際協力にも役立つと語っています。
日本にとって重要なのは、実験装置や物資を提供すること、「きぼう」の運用、ELFなどの研究、ISS船長としての経験を通じて蓄積した国際チーム運営の知識を、商業宇宙ステーションや月探査へどう引き継ぐかが問われます。
年間1100枚のトルティーヤが教える宇宙生活
2024年、ISSでは1100枚を超えるトルティーヤが食べられたと会見で紹介されました。直近の補給便では630枚が運ばれたといいます。
トルティーヤは、パンの代わりになり、具材や汁気のある食品を包めます。パンやクラッカーよりもくずが出にくいことも重要です。微小重力では、食べ物のくずが漂い、目や機器、空調設備に入るおそれがあります。
クルーは、トルティーヤをフリスビーのように飛ばせると冗談を交わしました。ただし、ISSでは地上のように手を洗えないため、遊んだ後に食べるのは衛生上おすすめできませんが・・・。
宇宙生活では、くずを出さず、片手で扱え、長く保存できる食品も重要な宇宙技術です。
ISSが次の時代へ残すもの

マクレーン宇宙飛行士は、宇宙飛行士を目指す子どもたちに、好きなことを見つけ、努力し、仲間と協力すれば、どこへでも行けると伝えました。
Crew-10の会見が示したのは、宇宙飛行を支えるのが一人の能力ではないということです。身体を守る運動、家族とつながる通信、命を預ける信頼、国境を越えた指揮、地上へ返す科学成果。そのすべてが必要です。
ISSが次の時代へ残す最大の資産は、異なる国、組織、専門家が、危険な環境で安全に働くための運用文化です。中国はすでに国家宇宙ステーション「天宮」を運用し、ロシアもISS退役後を見据えて独自のロシア軌道ステーション「ROSS」を計画しています。低軌道が再び国ごとの拠点へ分かれる可能性を考えると、地上の政治的対立を抱えながらも、米国とロシアを含む各国が一つの施設を共同運用してきたISSの価値は、いっそう際立ちます。
ISSの運用終了後、低軌道では、中国とロシアの国家宇宙ステーションと、米国が移行を進める商業宇宙ステーションが並立すると見込まれます。その時代に日本が持ち込める価値は、「きぼう」で培った研究技術と、国際チームをまとめ、科学の成果を社会へ返し、人間が長く安全に暮らせる環境をつくる力です。
詳しいCrew-10がISSに滞在中に科学実験についてはこちらのぺージをご覧ください。


2026年8月-2027年1月まで、JAXAの大西宇宙飛行士と油井宇宙飛行士のミッション報告会が開催予定


