カーゴパンツが宇宙へ──Vastが示す「働く宇宙」のリアル

2026年4月14日、コロラドスプリングスで開催中のスペース・シンポジウムの夜に、商業宇宙ステーション「Haven-1」を手がける米Vastが、クルー向けフライトスーツを初めて公開しました。
宇宙服というと、白くてごつい、船外活動用の重厚な装備を思い浮かべる方が多いかもしれません。Vastが発表したのは、そのイメージとはかなり違うものです。ジャケットとパンツを単体で着られる「セパレート仕様」で、合わせてジッパーで繋げれば従来型のジャンプスーツにもなる。微小重力の中でも工具がすぐ手に届くよう、カーゴパンツ式のポケットやベルクロが随所に配置されています。素材は軽量で伸縮性が高く、背面ベントと肩ガセットによってフルレンジの動作を妨げない設計です。

このスーツをデザインする上でVastが最優先にしたのは、機能性でした。「微小重力の中では、常に両手を空けておく必要がある。狭い区画を移動しながら、地球上では経験しないような体勢で作業することになる」──そう語るのは、NASAの元宇宙飛行士で213日間の宇宙滞在経験を持つMegan McArthurです。彼女はVastのアストロノート・アドバイザーとして設計に関わっており、「ジャケットを羽織ってジッパーを締めればフォーマルになる。でも同時に実用性も失わない」と説明しました。

クルーはほとんどの時間をカーゴパンツとテックTシャツで過ごし、ハッチ開放や公式イベントの際にジャケットを着用するというのが想定スタイルです。スーツはクルーメンバーごとのオーダーメイドで、各ミッション専用のパッチと「フライトウィングス」(宇宙飛行認定バッジ)が付きます。

Vastは現在、世界初の商業宇宙ステーション「Haven-1」の打ち上げに向けて最終段階にあります。このステーションについては以前に詳しく紹介しました。
乗員4名、滞在は最大30日間。SpaceXのFalcon 9で軌道投入され、Crew Dragonでクルーが輸送されます。直径1.1mのドーム窓からは地球を広角で見渡すことができます。2025年11月には先行実証機「Haven Demo」が打ち上げられ、軌道上での制御降下演習にも成功しています。

今回のフライトスーツ公開は、Haven-1単体の話ではありません。VastはNASAから第6次プライベート・アストロノート・ミッション(PAM-6)も受注しており、このスーツはISSへの民間クルーミッションでも着用されます。宇宙ステーションを持つ前からクルーの「ユニフォーム」を整備する──そこには、すでに運用フェーズを見据えた企業としての自信が滲んでいます。

宇宙服の分野はいま、大きな変化の途上にあります。NASAが1980年代から使い続けてきた船外活動ユニット(EMU)の価格は1着あたり約15億円。それに対して民間主導の設計は、コスト・機能性・人間中心デザインを全て問い直す試みです。以前こちらでも書きましたが、宇宙服は単なる防護服ではなく、1人乗りの環境制御システムです。
今回のVastのアプローチが興味深いのは、そのスーツが「宇宙で働く人」のための実用品として設計されている点です。従来の宇宙服が「いかに生き延びるか」を起点に作られてきたとすれば、Vastのそれは「どう快適に仕事をするか」という問いから始まっています。この発想の転換は小さいようで、実は宇宙の使われ方そのものが変わったことの証左ではないでしょうか。
2030年にISSが退役を迎えた後、人類が宇宙に常駐する場は商業ステーションへと移っていきます。その世界では、宇宙飛行士の「日常」をどう設計するかが重要な競争軸になります。Vastのカーゴパンツは、そのビジョンを可視化した小さな一歩です。

参考記事
〇Exclusive: Vast Debuts Flight Suit For Haven-1, Private Astronaut Missions(2026年4月14日)
〇Vast Astronaut Flight Suit: Designed for the Next Era of Human Spaceflight(2026年4月14日)
〇Vast gearing up to launch its Haven-1 private space station in 2026(2025年10月16日)
〇Vast and Axiom awarded new private missions to ISS(2026年2月27日)
https://www.nasaspaceflight.com/2026/02/vast-axiom-2026-pam/
〇世界初の民間宇宙ステーション──Vastが切り拓く宇宙新時代(2025年12月16日)
〇宇宙服が変える宇宙ビジネスの未来──15億円から始まる新時代(2025年11月20日)
