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348基体制へ、EUの「もう一つの衛星網」が動き出した

8月7日、欧州委員会と衛星コンソーシアム「SpaceRISE」が、EUの衛星通信インフラ「IRIS²」に関する交渉をまとめ、実施協定に署名しました。今年1月から続いていた交渉で、設計や運用体制、価格、民間側の出資といった条件がようやく固まった形です。これによって計画段階から、実際に衛星を作って打ち上げるフェーズへと本格的に移りました。

正直、IRIS²という名前を聞いても「またEUの大型プロジェクトか」くらいにしか思っていませんでした。ただ内容を追ってみると、単なる通信インフラの話にとどまらない、ヨーロッパなりの危機感が見えてきます。

66基積み増しという決断

今回の合意で目を引くのは、当初計画になかった66基の低軌道衛星が追加された点です。これによって主要コンステレーションは348基(低軌道330基・中軌道18基)に拡大します。追加分は防衛・安全保障・緊急対応向けに設計されており、EU域内での政府向け通信容量を60%、グローバルでは54%引き上げる計算になるとのことです。

打ち上げ開始は2029年を予定しており、Airbus Defence and SpaceやThales Alenia Space、OHB、Aerospacelabといった欧州の大手宇宙企業に加えて、スタートアップや中小企業にも参入機会が用意されています。

Starlinkとは張り合わない、という設計思想

IRIS²は何かと「欧州版Starlink」と紹介されますが、規模だけ見ると印象はかなり違います。Starlinkはすでに1万基を超える衛星を運用しており、348基のIRIS²とは桁が二つ近く違います。実際、以前まとめたSpaceXの衛星戦略に関する記事でも触れましたが、SpaceXは通信衛星のビジネスを個人向け・大量展開型で伸ばしてきた企業です。

一方でIRIS²が狙っているのは、消費者向けブロードバンドでの勝負ではありません。政府機関や軍、緊急対応部隊が、非常時でも自国の管理下にある回線で確実に通信できること――つまり「量」より「主権」を優先する設計です。ウクライナでの実例をきっかけに、民間の海外インフラに国家の安全保障を委ねることへの懸念がEU内で強まったことも、この方向性を後押ししたと報じられています。

各国がすでに独自にお金を出している

興味深いのは、IRIS²の資金がEU予算だけで賄われているわけではないという点です。ポーランドが6億5,600万ユーロ、ハンガリーが5億ユーロをすでに拠出しており、スペインも16億〜20億ユーロ規模の投資を表明しています。EU全体の枠組みに加えて、各加盟国が自国の事情に合わせて追加投資をしている格好で、これもまた「一枚岩ではないヨーロッパ」らしい進み方だと感じます。

参加国もEU域外に広がっていて、ノルウェーとアイスランドがすでに加わっています。両国合わせても拠出額は数千万ユーロ規模とそう大きくはありませんが、「欧州の通信主権」という枠組みに非加盟国まで加わっている点は、このプロジェクトの位置づけを考えるうえで見逃せません。

面白いのは、こうした追加投資の多くが「防衛」を明確な理由として掲げていることです。もともとIRIS²は通信インフラの話として始まった計画でしたが、いまでは安全保障政策の一部として語られる場面が増えています。ドイツが独自に100億ユーロ規模の国家コンステレーションを準備しているという報道もあり、EU全体としての足並みが完全に揃っているわけではなさそうです。「欧州の宇宙主権」という看板の下で、実は各国がそれぞれの思惑で動いている――そんな構図が透けて見えます。

「三年の空白」をどう埋めるか

もう一つ気になるのが、IRIS²の本格稼働が2029年からという点です。研究者による比較分析でも、IRIS²は300基規模、Starlinkは1万基超という前提で設計思想の違いが議論されていますが、その間の数年間、欧州は独自の高速・低遅延な政府専用回線を持てない空白期間を過ごすことになります。

この空白は、既存の静止衛星を寄せ集めた「GOVSATCOM」という別の枠組みで一時的に埋める計画のようです。ただ静止衛星は地上との往復に600ミリ秒近くかかるとされ、危機対応の現場で使うにはやや心もとない数字にも見えます。IRIS²が本当の意味で機能し始めるまでには、まだいくつかの橋渡しが必要そうです。

宇宙開発というと打ち上げ数や技術の派手さに目が行きがちですが、IRIS²を見ていると、「誰が回線を管理しているか」という地味な論点こそが、これからの宇宙ビジネスを動かす軸になっていくのかもしれません。348基という数字だけを見れば地味な計画に映りますが、その裏側には各国の思惑や資金拠出の駆け引きが積み重なっており、追いかけていて飽きないテーマだと感じます。

参考記事一覧

〇IRIS²: Commission and SpaceRISE conclude negotiations, paving the way to full-scale deployment(2026年8月7日)

https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_26_1726

〇Europe finalizes plans for its 'sovereign' Starlink competitor(2026年8月7日)

〇IRIS2 Build Authorized: EU Adds Quantum-Secured Defense Layer to 348-Satellite Network(2026年8月7日)

〇Toward EU Sovereignty in Space: A Comparative Simulation Study of IRIS2 and Starlink(2026年4月17日)

〇First non-EU countries join European alternative to Starlink(2026年4月30日)


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