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打ち上げコストが10年で6割減、2040年には93%減へ──宇宙経済の地殻変動が始まっている

宇宙にモノを運ぶコストが、想像以上のペースで下がり続けています。ケンブリッジ大学ベネットスクールの経済学者アレッシオ・テルツィ氏らが発表した最新研究によると、低軌道(LEO)への打ち上げコストは今日のおよそ3,800ドル/kgから、2030年末には1,600ドル、2040年には300ドルにまで下がると予測されています。日本語での報道でも、2025年時点で1kgあたり3,868ドルだったコストが、2030年には1,569ドル、2040年には273ドルまで下落する可能性が示されています。

正直なところ、この数字を最初に見たとき「本当にそこまで下がるのか」と疑ってしまいました。ですが、この研究の裏付けとなっているデータの規模を知ると、印象が変わります。

4,400回の打ち上げから導かれた「経験曲線」

今回の研究の特徴は、なんといってもデータセットの大きさです。1960年から2025年までの4,400回以上の打ち上げを網羅した、これまでで最大級のグローバルデータセットを用いて将来のトレンドを予測しています。対象は16の主要な宇宙開発地域・国、330種類以上のロケット構成にまたがり、アメリカ、ロシア、中国、インド、欧州、日本などの打ち上げ実績が含まれます。

分析の軸になっているのは「Wright's Law」と呼ばれる経験則です。累積生産量が倍になるたびにコストが一定割合下がるという法則で、今回の研究では累積ペイロードが倍になるごとに、1kgあたりの平均コストが21.2%下がるという結果が出ました。

比較対象として挙げられているのが、19世紀の蒸気船による海上輸送革命です。宇宙への到達コストは、19世紀の蒸気船貨物の低下よりも速いペースで下がっており、さらには「急速に安価になった革新技術」の代表例とされる太陽光発電パネルよりも速いペースで進んでいるとされています。実際、1819年のSS Savannah号による蒸気船での大西洋横断以降、小麦や綿花の輸送コストは倍加ごとに15.5%下落したとされており、宇宙の21.2%はこれを上回るペースです。

冷戦後、なぜ加速したのか

コスト低下は一直線に進んだわけではありません。1960年には1kgあたり87,000ドルを超えていた打ち上げコストは、宇宙開発競争によって1970年代初頭には約20,000ドルまで下がったものの、アポロ計画の終了とサターンVロケットの退役後、その水準で長らく停滞しました。

風向きが変わったのは冷戦終結後です。1989年のベルリンの壁崩壊を境に、それ以前の政府主導の宇宙開発時代と比べて、コストの下落速度は2.5倍以上に加速したという分析結果が示されています。国家主導の競争より、国際協力と民間参入が進んだ時代のほうが、コスト効率化には効いたということです。研究チームの一人であるニコリ氏も、冷戦期の国家主導の競争は、その後の国際協力と民間セクター参入の時代ほどにはコスト効率を生まなかったと指摘しています。

この構図は、まさにSpaceXの再使用ロケットが宇宙ビジネスの前提を変えてきた過程とも重なります。以前、SpaceXの2025年の打ち上げ実績を扱った記事でも、再使用と量産がコスト低下の好循環を生んでいることに触れました。

それでも立ちはだかる「一社寡占」というリスク

ただし、この予測には大きな留保がついています。研究者たちは、利益最大化を図る企業の寡占状態と地政学的緊張が組み合わさることで、価格が押し上げられ、次の宇宙時代への移行が遅れる可能性があると警告しており、宇宙打ち上げ市場はすでにSpaceX一社が支配しており、世界の年間打ち上げペイロードの約80%を占めているとされています。

この状況を、テルツィ氏は歴史上の別の独占企業になぞらえています。SpaceXによるこの市場支配は、1820年代における東インド会社の海上貿易支配に匹敵するという共著論文も発表されているほどです。国際的な報道でも、SpaceXが総ペイロードの約75%を占めるという「支配的サプライヤー」特有の懸念が指摘されており、割合の推定値には幅があるものの、一社への依存度の高さそのものは各報道で共通して強調されています。

裏を返せば、蒸気船の時代にコストが下がり続けた理由は、大西洋航路で複数の海運会社がしのぎを削っていたからだという指摘も出てきています。宇宙でも同じように複数のプレイヤーが競争を続けられるかどうかが、この予測が現実になるかどうかの分かれ目になりそうです。

数字が変える「軌道上でできること」

コストの絶対水準がどれほどのインパクトを持つのか、ピンとこない方も多いかもしれません。ある試算では、現在の3,868ドル/kgという水準は、ハイエンドなノートパソコン1台分の値段に近く、2040年の目標である273ドル/kgになると、航空会社の手荷物超過料金より安くなるという例えが紹介されています。この価格帯の変化が、軌道上でどんな事業が採算に乗るかを根本から変えていくというわけです。

実際、記事の中でも打ち上げコストの低下によって、無重力環境での研究や軌道上観光から、光ファイバーケーブルや3Dバイオプリンティングされた臓器を地球に輸出する工場まで、新しい産業が生まれる可能性があると述べられています。バイオプリンティングという言葉を見て、以前扱ったISSでの臓器バイオプリンティングの取り組みを思い出した方もいるかもしれません。

需要面の伸びも見逃せません。2020年以降、軌道に投入されるペイロード量は年31%の成長を見せており、これは2000年から2019年までの平均年間成長率4%と比べて突出しています。2025年には約4,900トンが軌道に打ち上げられ、宇宙経済は2024年時点で6,000億ドルを超える規模となり、これはスウェーデンのGDPに匹敵します。テルツィ氏とニコリ氏は、この量が2030年までにほぼ倍増し、低軌道への年間輸送能力は9,100トンに達すると予測しています。

おわりに

打ち上げコストの低下という切り口だけを見ると地味な数字の話に思えますが、その裏には「宇宙が特殊な産業から、普通の経済活動の場に変わりつつある」という大きな変化があります。「宇宙はもはやSFの空想でも、純粋な科学的探求の対象でもなく、市場になりつつある」というテルツィ氏の言葉は、この研究全体の結論を端的に表しています。

一方で、コスト低下のペースがこのまま続くかどうかは、一社への依存という構造的なリスクにかかっています。今後、Starshipの本格運用や新規参入企業の動向が、この予測のシナリオ通りに進むかどうかを左右する重要な変数になりそうです。


〇Space cargo costs could fall more than 90% by 2040, study suggests(2026年7月14日)

https://phys.org/news/2026-07-space-cargo-fall.html

〇From Sputnik to Starship: Estimating the experience curve of space launch technology(2026年7月)

https://academic.oup.com/pnasnexus/article/5/7/pgag217/8732400

〇Space launch costs could fall 93% by 2040, opening orbit to new industries(2026年7月)

〇Space launch costs to fall 90% by 2040, Cambridge study(2026年7月)

〇In July 2026, Cambridge economist Alessio Terzi and colleagues published the largest launch-cost dataset ever assembled(2026年7月)

〇SpaceXの記録更新が示す宇宙ビジネスの新時代(2026年1月)


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