見出し画像

『感じる人びと』刊行記念イベント 「感じること」について レポート

「サロン ド パルファン」というイベントをご存じでしょうか。伊勢丹各店で毎年開かれる香水の祭典で、伊勢丹新宿店での開催は2025年で13回目を迎えます。

今年のテーマは「旅」。全39ブランドを国別に展開し、「思い出の国」「好きな都市」といった体験から香りを選べます。香りは記憶や感情と結びつき、旅先の空気や出会いを呼び覚ます特別なものです。

(三越伊勢丹ホールディングス プレスリリースより)

というこのイベント、新宿店では2025年10月9日~10月13日の5日間にわたって開催されました。

二宮敦人さんの最新刊『感じる人びと』は、五感の達人10人の仕事と人生の秘密に迫った取材の記録です。本書にご登場いただいている渡辺裕太さんは、香水ブランド<サノマ>を創設した香水クリエーター。「サロン ド パルファン」への出展は今年で4度目となるそうです。

会期中には、お隣の伊勢丹会館で香水にまつわるさまざまなイベントが催されているのですが、その中の1コマとして、渡辺さんが『感じる人びと』についてのトークイベントを企画してくれました。

イベントタイトルは、
『感じること』 について 〜「感じる人びと」著者 二宮敦人氏と<サノマ>ディレクター渡辺裕太氏の対談〜

取材のときも話が弾んでいたおふたりが、ぶっつけ本番で挑むトークイベント。楽しくも示唆に富んだ対話で、1時間が本当にあっという間でした。情報量も非常に多く、すべてをお伝えすることはできないのですが、この場を借りてほんの少しだけ内容をご紹介いたします!

香水のいい香りに包まれて

「サロン ド パルファン」4日目の日曜日。伊勢丹新宿本館のイベント会場は大勢の来場者で賑わっていました。<サノマ>のブースにも多くの人が訪れており、和装でビシッときめた渡辺さんはとてもお忙しそう。しかも大変ありがたいことに、『感じる人びと』を香水と一緒に販売していただきました。
良い香りに包まれた『感じる人びと』は、おかげさまでたくさんの人の目に触れたのではと思います。お買い上げいただいたみなさま本当にありがとうございました!

「サロン ド パルファン」会場にて。<サノマ>ブースで販売される『感じる人びと』

イベントは午後5時スタートです。開始30分ほど前、会場を訪れていた二宮さんと合流し、いったん接客を切り上げた渡辺さんと共にトーク会場である伊勢丹会館へ移動します。

イベント直前にお話しするおふたり(左:二宮敦人さん 右:渡辺裕太さん)

イベントスペースに到着して早々に話が盛り上がり始めたおふたり。お客様が次々と会場にお越しになる中、すでに「感じること」についてのトークが始まっていました。

職種を越えて共感できること

「この本、とても面白かったんですけど、『これ分かるなあ』と思うことがたくさんあったんですよ」
定刻になり、まずは本の紹介からおふたりの話は始まります。
渡辺さんがお持ちになった『感じる人びと』は読み込まれていて、ページには折り目がたくさんつけられていました。

「やっぱり! ぜひお聞かせください」
二宮さんもさっそく身を乗り出します。

渡辺さんがまず引用したのは、写真家・公文健太郎さんのエピソード。

「撮りたいな、と思った時に絶対撮る、という感じです。車で畑の近くを走っていて、ちょっと素敵なトラクターに乗るおじさんとすれ違ったとしますよね。いいなあ、でもわざわざ戻るのもなあ、と思う。同じような光景がまたあるはずだと自分に言い聞かせたくなるけれど、絶対戻ります。声をかけて、撮らせて貰います。一期一会ですから。その時撮らないと、二度と会えない光景かもしれない」

『感じる人びと』より

「分かるんですよ、この部分。この一瞬、刹那的な感じ。一期一会って『感じる』ということに関してはとても重要だと思います」

「それは香水づくりでどんなふうに生かされるんですか?」

「たとえば、私が一番最初につくった『1-24』という香水は、夏の終わりに一瞬吹く、冷たく乾いた秋の風をイメージした香りです。9月頃の、まだ蒸し暑いな、と思ったときにちょっと涼しい、と感じた瞬間。言葉にしちゃうといつでもありそうなんだけど、深く感じることができる瞬間ってめったにないと思うんです」

「渡辺さんがこれまで何度も経験してきた夏の中で、その感じ方は一回だけ?」

「はい。しかも一瞬。そのときの感情をつかまえて作ったのが、『1-24』なんです」

一見何気ない風景や感覚の中にこそ、自分にしか感じ取れない一瞬があるはず。おふたりは、香水や本についても、出会ったときに買うことの大切さを話されていました。「あのとき買えばよかった!」とならないために、気づいたときに迷わず動けるかどうか。自分の直感を信じられるかということですね。これもまた「感じる」経験の積み重ねなのかもしれません。

さらに、舞台音響表現家の百合山真人さんの章の一節も取り上げられました。

 まずは、自分はこう鳴らしたい、という意思を持つことがとても大切らしい。
「それがないと、ただボタンを押すだけの人になってしまいます。でも、『俺はこういう音を出したい』と単なるエゴでやってもだめなんですよね。昔の自分がそうでしたが。それはオリジナルのスパイスをやたらと入れたカレーを、誰にでも押し付けているようなもので。作品から汲み取ったり、稽古ですくい上げたりしないとならない」

『感じる人びと』より

「これ結構刺さりまして。香水も、エゴだけではダメなんです。だからといって求められているものだけを出すというのも違う。」

それを受けて、二宮さんも深くうなずきます。
「小説も、例えばすごいトリックを思いついたとか、人称を入れ替えながら書くと新たな読み心地になるはず、とか、それは作家としての技術的な挑戦、つまりエゴなんですよね。小説のテクニックという点では優れていたとしても、それが面白いとは限らない」

「私の場合のエゴは、新しい香りを知りたい、誰も知らない香りを知りたい、という欲求ですかね。試作ができたとき一番最初に嗅げるのは自分、というのが楽しいんです」
そう語る渡辺さんは、作り手として人の評価は気にならないと言います。

「なんだか研究者みたいですね」

「そうかもしれません。でも、<サノマ>で新作を出すときは、売れるかな、ってドキドキするんですよ。作っている時は気にしないけど、売るとなるとまた別なんです」

良いものをつくり、たくさんの人に届けること。
双方を実現させることの難しさは、どんな仕事でも同じのようです。
作り手の中でせめぎあう、創作へのこだわりと受け手へのまなざし。香りも小説も、その両輪が噛み合うときにもっとも幸福な作品となるのかもしれません。

感じるとは、なにか

トークの中盤、渡辺さんは二宮さんに問いかけます。
「二宮さんにとって、『感じる』ってなんだと思いますか」

「快感、かな。この本の取材を終えてそう思うようになりました。10人の皆さんは、においでも食べ物でも快感が好きすぎて考えつくした結果、その道の達人になったのかな、と思います。でも、どなたも自分のことを特別だと思っていないって言うんですよ」

「うん。私も思ってないです」

「でも特別なんですよ。だから、自分は普通だと思っている人でも、必ず他人より秀でているところがあるはずなんですよね。感じる力って誰もが持っているし、自覚できるかどうか、ということかなと思うんです」

「私は、感じる、って言葉から離れていくことかな、と思うんです。言葉は便利でなんでも分かった気になっちゃうんだけど、自分が本質的に何を感じているかって多分1%も言葉にできていないんじゃないかな。香りをつくるときって、私は『香り』で考えているんですよ」

「香りが頭に浮かんでいるってことですか?」

「はい。みんな多かれ少なかれ、そういうことをやっていると思うんです。もしかしたら、できない人はすぐに言葉に頼るのかもしれない」

「僕は小説を書くときは、身体感覚みたいなところから始まるんです。たとえば失恋して鼻の奥がつーんとする、という感覚を言語にどう落とし込むか。そういうことを考えていって一番上に出てくるのが小説なんです」

「感じる」とは、言葉にできない思考のかたち、ともいえそうです。言葉で説明しきれないけれど確かにあるものを、おふたりは香りや小説という手段でかたちにしているようです。感覚の領域にこそ、表現の原点があるのかもしれません。

トークの終盤、渡辺さんがしみじみとこう切り出しました。
「最近、豊かな社会だなと思うことがあって。香水って、生命維持に関係がない、行政とかにも関係がない。それにもかかわらず自分に居場所があるってすごいことだなと」

「それ僕も思います。小説が無くても死なないですから」

「香水を瓶に詰めて売り歩いている、こんな私を社会が許容しているって、なんということだろう、と気が付いたんですよね。この社会のありようには感謝したいんです。年のせいですかね」

冗談っぽく笑う渡辺さんですが、二宮さんも深く共感しているようでした。
香水も小説も、たしかに命にはかかわらないけれど、日常にちょっとした彩りを添えてくれる大切なもの。「感じる人」とは、まさにそんな「無用の用」を楽しむことができる感性を持つ人なのだと思います。

まだまだ話したいことが山ほどありそうなおふたりでしたが、時間をちょっと過ぎたところで終了となりました。
「感じる」ことに自覚的になる。そこに日々の生活や仕事を豊かにするヒントが隠されているはずです。皆様もぜひ『感じる人びと』で五感の達人のエピソードに触れて、新たな感覚を目覚めさせてください!

(『感じる人びと』刊行記念イベント 「感じること」について レポート おわり)

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集