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#2 【読書記録】ツミデミック/一穂ミチ

『ツミデミック』一穂ミチの読書記録。


あらすじ

 大学を中退し、夜の街で客引きのバイトをしている優斗。ある日、バイト中にはなしかけてきた大阪弁の女は、中学時代に死んだはずの同級生の名を名乗った。過去の記憶と目の前の女の話に戸惑う優斗はーー「違う羽の鳥」 
 調理師の職を失った恭一は家に籠もりがちで、働く妻の態度も心なしか冷たい。ある日、小一の息子・隼が遊びから帰ってくると、聖徳太子の描かれた旧一万円札を持っていた。近隣の一軒家に住む老人からもらったという。隼からそれを奪い、たばこを買うのに使ってしまった恭一は、翌日得意の澄まし汁を作って老人宅を訪れるがーー「特別縁故者」
 先の見えない禍にのまれた人生は、思いもよらない場所に辿り着く。 稀代のストーリーテラーによる心揺さぶる全6話。

amazon.co.jp

第171回直木賞受賞作。
タイトルは「罪」と「パンデミック」を合わせた作者の造語だとか。

こんな人にオススメ!

・評価の高い作品、大賞受賞作を読みたい人
・世にも奇妙な物語が好きな人
・コロナ禍に関する作品を読みたい人

・新型コロナウイルスのパンデミックに苦しめられた全ての人

各章の紹介

違う羽の鳥

夜の街で客引きのバイトをしている優斗と、中学時代に死んだはずの同級生を名乗る女の話。
キャッチの男と風変わりな女との当たり障りのない会話が、少しずつ不気味さを帯びていき、スリリングな展開へ―
誰がどんな罪を犯したのか、に注目して読んでいただきたい。

ロマンス☆

コロナ禍で厳しくなった復職に悩みながら、夫への不満を募らせる主婦の話。
鬱屈とした生活の中で、彼女はある1つの楽しみを見つける。
1回だけのつもりの楽しみが、2回、3回、そして毎日の日課に。
すっかり夢中になってしまった彼女の運命はいかに。
タイトルに「☆」がついている理由にも注目。

憐光

15年前に亡くなった少女目線で語られる、少女の友人と担任のある夜の話。
徐々に明らかになっていく2人の思惑と、ひた隠しにしてきた罪。
全てを思い出した時、少女は何を思うのか。
コロナ禍にまつわる「お金」も1つのテーマである。

特別縁故者

働きづめの妻を横目に無職のままの主人公と、息子が持って帰ってきた旧一万円札の話。
旧一万円札の持ち主はどうやら身寄りがいないらしい。
「縁」は善か、悪か。
あなたが大事にしたい「縁」はありますか。

祝福の歌

娘の妊娠に悩まされる父親を中心に繰り広げられる、母と子の話。
些細なこともネタバレになってしまいそうなので、とりあえず読んでいただきたい。
あなたも祝福の歌を受け取ったことがあるはず。

さざなみドライブ

ネットで知り合った自殺志願者たちが集まり、いざ決行の地へと向かう道中の話。
彼らはなぜ自殺を志願したのか。
罪×パンデミック、ツミデミックのラストにふさわしい、かすかな希望が込められた物語。
コロナのパンデミックに苦しめられた全ての人へ捧ぐ―


-----以降、ネタバレ-----


各章の感想(ネタバレあり)

違う羽の鳥

何を隠そう、私は今編のあらすじに惹かれて、本作を衝動買いした。
ゆえに、一番楽しみにしていたエピソードである。

最初は2人の何でもない会話が繰り広げられるばかりで、展開の予想がつかなかったが、「井上なぎさ」という名前が出てきた瞬間に物語の方向性がビシッと決まった気がした。
優斗の記憶の中にいる井上なぎさと、今目の前にいる井上なぎさ。この2人の人物像がどうも一致せず、もやもやしたものを抱えたまま読み進めていった。

最大の争点は、「この女は本当に井上なぎさなのか」という点。
私は、優斗の前に現れたのは、井上なぎさの親友だと思った。
明確な根拠があるわけではなく、あくまでなんとなく、だが。
今の状況から抜け出したいという気持ちが「死にたい」になるのは理解できるが、「別人になって生き延びたい」になるのは、少し想像しづらかったからだ。
いくら単なる自殺現場を警察が詳細まで捜査しないとはいえ、そんなに簡単になりすましが上手くいくのか、という疑問も残る。

教育虐待をしていた母親、それを見て見ぬふりした父親、SNSで家出少女を騙っていた優斗、なりすましをした(かもしれない)なぎさと親友…
あなたは誰の罪が印象に残っただろうか。

ロマンス☆

序盤の夫婦の会話はかなりリアルで、実際、コロナ禍では日本全国の家庭でこんなやり取りが交わされていたんだろう。みんながステイホームに徹していたあの頃、どの家庭でも、どこか異質な雰囲気が漂っていたのではないかと思う。

デリバリーサービスを介してイケメン配達員と再会することを夢見る百合。彼女が感じるわくわく感は、途中でソシャゲのガチャに例えられる。
この例えが、個人的に胸に突き刺さった。
私もスマホゲームのガチャに時間を費やした過去があるからである。

中学時代リズムゲームに熱中し、推しキャラを獲得するために、ガチャを回しまくった。ガチャを回すためには当然ゲーム内の通貨が必要だ。その通貨を稼ぐために、時には試験勉強の時間を削りながら、リズムゲームを相当やり込んだ。
アプリのサービス終了後、ふと我に返って、「一体何時間無駄にしたんだろうか」と後悔したものである。
そして、今、私は「原神」というオープンワールドRPGに夢中だ。中高時代あんなに後悔したはずなのに、やはりガチャの楽しさからは逃れられない。
私が過去の失敗から学ぶことができる人間であれば、大学の成績ももう少し良かったのかもしれない。

私はゲームに課金はしない主義だが、百合は実際にお金を払ってデリバリーを頼んでいる。身銭を切って行うガチャの楽しさは一体どれほどのものなのか、私には想像がつかないが、少なくとも百合という人間を壊すには十分だったようだ。
「突然現れたバグ」「不具合はアプデで修正してもらわなきゃ」「星5の出現確率を自分で上げることができる」…
逮捕後も一貫してゲーム感覚でいる百合にとって、イケメン配達員との出会いは単なるきっかけに過ぎず、本当はずっと今の生活を変化させる何かしらの刺激が欲しかったのではないかと思う。
今の環境に不満があればあるほど、ほんの少しの希望でも、とんでもなく輝かしいものに見えるものだ。

今編は全6編の中で最も短いお話だが、そうとは思えないほどたっぷりと恐怖を感じることができた。

憐光

読了後、辻村深月さんの『ふちなしのかがみ』という短編集の「踊り場の花子さん」を思い出した。
この2作からはどこか似た雰囲気を感じる。
何とも言えない不気味さと人間の怖さ、隠された罪が着実に暴かれていくテンポのよさ。
読んだことがある方、共感していただけるだろうか。
未読の方は、これを機にぜひ読んでいただきたい。
私が辻村深月さんが大好きだという話はまた今度…。

つばさと杉田先生、2人の共通の罪は、唯を見捨てたということ。
つばさは唯の幻覚に悩まされていたようだが、先生はどうだったのだろうか。
先生は幻覚を見るほど、自分の罪に対して罪悪感を抱いていたのだろうか。
私は、先生はどこまでも自分中心で、いつか自分の罪がばれるかもしれないという焦りだけを抱えて、15年間を過ごしていたのではないかと思った。

「そんなことって、本当にあるんだ。あたしが幽霊になってここにいるのと、どっちが漫画っぽいかな。」
この文章がお気に入りだ。
現実じゃないみたい、とか信じられない、とかではなく、漫画というワードが出てくるのが実に高校生らしいと思う。
唯は生前、どんな子だったのだろう。

特別縁故者

今編のテーマは「縁」。
「縁故って、やな言葉っすよねぇ、……要はコネってことでしょ。」という恭一のセリフが印象的だった。
確かに、縁と言えば情に溢れたものに思える一方で、コネと言われると一気に胡散臭い雰囲気が漂ってくる気がしてしまう。
しかし、どんな業界にも縁やコネは必要不可欠なもので、それは医学生や医者の世界も例外ではない。
縁にしろコネにしろ、人との「つながり」は大切であるということだろう。
特別なものでなくても、ほんの少しの関わりでも、様々な人とのつながりによって、今の自分がある。

恭一は育った家庭環境や料理人時代の経験から、人との縁に良い思い出がなく、どこか人間に対する不信感があった。
しかし、何回か食事を持って行って、たわいない会話を交わした程の関係性の佐竹を救って、救われて、これこそ「特別じゃない縁」の一例であり、この一連の経験は恭一にとって、かなり意味のあるものだったのだと思う。
料理人時代は、自分が持とうとした縁を事情により切られてしまったが、今回は自分が伸ばした手を相手がとってくれた。
今回の経験を糧に、恭一がこれから再び頑張って、できれば料理人として生きていければと思う。

ちなみに、本作が出版されたのは2023年。当時は旧一万円札といえば聖徳太子だったが、いまや福沢諭吉もその仲間入り。
まだ20代前半の私でも、福沢諭吉が旧一万円札だと言われると、自分が急に年をとったような、何とも言えない気持ちになってしまう。

祝福の歌

日本国内での代理出産は認められていないため、日本人にとっては馴染みのないテーマだろう。
私は、5年前、医学部受験の面接対策の一環で、代理出産について調べたことを思い出した。
ホストマザーとサロゲートマザーの違いや、それぞれのメリットデメリットなどを調べまくった記憶がある。
遺伝子を共有していなくとも、自分の体で育てた子どもに愛着が湧くのは至極当然のことだと思う。ウクライナの代理母が「もうこの子しかいない」と思ったのも納得である。

個人的に、全6編の中で最も展開が予想できない話だった。
そして同時に、最もきれいなタイトルだと思った。
実の母親が残した自分への祝福の歌。自分ではコントロールできないことに振り回される中、血がつながった母親からのこの歌があることで、達郎は自分を確立できるというか、自分が自分であるという気持ちになれるのかなと思う。

さざなみドライブ

自殺志願への参加条件は「パンデミックに人生を壊された人」。
大半の人が我慢して、ステイホームを守っていたあの頃、文中にもあるように、それを守っていなかった人への非難は凄まじいものだった。
私自身も、街中でマスクを着用していない人や、受験を控えるクラスメイトの前で堂々と旅行に行ってきた話をする人に腹を立てていたのを思い出した。
溜まっていく一方のフラストレーションを発散する場所を、無意識のうちに常に探していたのかもしれない。

急に登場した、「ノートに書いたことが現実になる」というファンタジー要素。
それまでの話が現実に即したものだったばかりに少し場違いな印象を受けたが、この要素が後々効いてくるとは思わなかった。
空想でも妄想でも何でもいいから、何か1つでも、生きる希望がほしいという気持ち。
「それを楽しみに、生きていてもいいだろうか」という文章が沁みた。

最後に

最近は専らKindleで読書をしていて、久しぶりに手に取った書籍だった。
あの時衝動買いした自分を褒め称えたい。
コロナ禍を経験した全ての人に向けた物語。
全てとは言わずとも、6編の中で必ず1つは、あなたの胸に刺さる話があると保証する。
最も長い話でも60ページほど。
少しずつでも読み進めて、お気に入りの1編を探していただきたい。

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