「遠きあの日の記憶と微かな痛みを大切に思えるために~『あのころの僕は』~」【YA96】
『あのころの僕は』小池水音 著(集英社) 2026年2月28日読了
(ネタバレあり)
自分の幼いころ…この本の主人公で言えば5~6歳のころの記憶って、どのくらい残っているでしょうか。
私の一番小さかったころの記憶というのは、七五三での記念撮影でカメラという機械がとても怖くて、残っている写真を見ると顔が引きつっているというもので、もちろんそれは今でもまざまざと思い出されることですが、それが3歳のころでしょうか。
そして5~6歳のころというと私は保育園に通っていたわけで、さすがにこのころの記憶は断片的にですがはっきり残っているものはいくつかあります。
学芸会で自分は出ていないのに、「しらゆきひめ」と「シンデレラ」の王子様役の子のセリフだったり(ちなみに本人は声を発しないレコード劇でした)、王子様の冠が「シンデレラ」の方のモノがかっこよかったと感じたこと( *´艸`)。
おやつの時間に出てきた粉っぽいココアの味だったり、きな粉をまぶしたマカロニが大好きだったこと。
何年に一度なのか当時わからなかったけれど、南国にめったにない大雪が降った時の積もった雪景色とか。
おそらく卒園に向けて、ご褒美にもらうケーキを入れる箱を自分たちで手作りしたこと。
以前も記事に書いた、お昼寝の時間に聴いてそのままずっと記憶に残っていた「グリーン・スリーブス」のしっとりした郷愁を誘うようなメロディが大好きだったことなど…。
(そのことについては以下に書いていますので参照のこと)
私は年長さんの1年間だけしか保育園に通っていないので、特に楽しかったことが強く残っているのかもしれませんが。(激しく長いウン十年前の記憶でもです…😅)
と、私のこのような記憶のはなしはこの辺でいいとして、今回ご紹介する本は上記のとおり主人公が5~6歳のころの記憶を基に約1年間の中の強烈に残る思い出をモノローグの形でずっと語られていきます。
この形式が、途中で章が変わるとかもなく連続で語られていき、最後の方で主人公が高校1年生に成長したくらいが明らかな変化ですが、ややもするとちょっと息苦しくなるような感覚になってしまうかもしれません。

主人公の天くんが母親を亡くし、教会で葬儀を体験するところから始まるのがそもそも暗い展開なので、明るいお話とは言えません。
その後、彼は父親と上手く話をすることができなくなってしまいますし、忙しい父親なので天くんのお世話を母方の祖母と父方の祖父母、そして母親の妹である叔母のところを転々とする日々を送ることになります。
しかしながらこの親族の惜しみない愛情をたっぷりもらってはいるものの、どこか天くんは冷めた感情から抜け出せないでいます。
そんな味気ない日々を送る中で、色彩を得たような機会が訪れます。
園に転入してきた女の子がいました。それも親の仕事でこれまでイギリスに住んでいたのが、これも親の都合で彼女の父母が離れて暮らすことになり、女の子・さりかちゃんは母親についてきて天くんたちの園に転入したわけです。
さりかちゃんはまだあまり日本語が上手ではありませんでしたので、園のみんながサポートしてあげようということになりましたが、さりかちゃん自身はなかなかなじめることができないでいました。
さて週に一度のお弁当の日は、天くんは同級生のお母さんが順番に作ったお弁当をいただいていました。
各家庭の様々なお弁当を食べているのに、ある時からなんだかお弁当というものはさほど大差ないなと感じるようになっていたのです。
遠足の日に分けてもらうお弁当はさりかちゃんのお母さんの手作り弁当でしたが、初めて見るタッパーという入れ物とその中に入った初めて食べるもののあまりのおいしさに仰天し、食べ終わった天くんは思わず立ち上がり、さりかちゃんの食べている所へと向かい、まわりのみんなも驚くことを言い放ちました。
かなり恥ずかしいことでしたが、その日から天くんとさりかちゃんは次第に仲良くなり、いっしょに行動することが増えていきました。
しかし楽しい思い出も、ある事件がきっかけで二人がいっしょに遊ぶことがなくなると切ない記憶となります。
そうしてさりかちゃんは突然大阪に引っ越ししてしまいます。
おまけに、母親の思い出を天くんと共有したい父親とは気持ちがすれ違ったりして、寂しく切ない記憶の方が優っていくのです。
そのうち天くんが大きくなったころ、物静かだけど天くんの思いをしっかり受け止めていてくれていた母方の祖母が病床についてしまいます。
そのまま祖母がいなくなってしまわないように、天くんは度々祖母と会話をしにいきます。
それは、小さかったあのころの記憶から、心が苦しめられたことも楽しかった思い出も、祖母となら話すことができました。
なぜなら祖母に預けられた日にも、強烈に記憶に残ることがあったけれど、ふたりの共有できる思い出だったからです。
そうしてある日、さりかちゃんの母親と仲が良かった天くんの叔母さんから、その後のさりかちゃんの気になる様子を聞いた天くんは幼い日のあの事件から以降を今ならきっと二人で気持ちの整理ができると、さりかちゃんのところへ行こうと決心するのでした…。

周りの大人から愛情をいっぱいもらっていたけれど母親を亡くした天くんと、父と離れて暮らさなければならなくなったさりかちゃんとは、どこか満ち足りないものを抱えた者同士。
いろいろな感情が渦巻いてしまい、自分でもその感情をどう処理したらいいのかわからないのに、大人たちは勝手に「こうだ」と決めつけてくることに戸惑いを感じてしまうのです。
周囲の大人にもですが、素直に表に出せないからこそ生じる心の行き違いが二人を遠ざけてしまうのです。
まだまだ幼過ぎる二人。どうすれば正解なのかもわからないけれど、強烈な記憶となってその思いをやっと処理できるのはある程度成長してからなのです。
私には、上記した通りたいした思い出はないけれど、もしかしたら誰かの愛しくて甘酸っぱい記憶とリンクして、懐かしい気持ちになる人は案外いらっしゃるのかもしれませんね。
第13回河合隼雄物語賞受賞作品
