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「100年前の女性たちも生き生きとしていた~『カフェーの帰り道』~」

『カフェーの帰り道』嶋津 輝 著(東京創元社)  2026年6月読了

この夏も今年上半期の芥川賞・直木賞の発表がありました。
芥川賞は『ゾンビ回収婦』という独特のタイトルが面白い新人の小砂川チトさん、直木賞は女性で史上最高年齢(記者会見で司会者から言われ恥ずかしそうでしたが…ですよねぇ)の朝倉かすみさんの『けんぐゎい』という、こちらも変わったタイトルが目を引きます。
でも今回の受賞作はまだ読んでいませんのでいずれ読みたいと思います。


それはそうと今回ご紹介する本は、昨年2025年下半期の直木賞を受賞されました。
今年の初めに本屋で見かけて、その本のポップで時代が大正から昭和初期のカフェーが舞台との情報を得まして、その時代が好きでおまけにカフェーだなんて好物のかたまりのように感じましたので、積読本をある程度処理したら読もうと決心しやっと半年後に読むことができた次第です。


話はそれますが喫茶店は私も好きですけれど、最近は(田舎には当然喫茶店などありませんが)街にもなかなか出かける機会がなくて、たまにはゆっくり行って楽しみたいなと思っている所です。

だからという訳ではないですが、行かずに喫茶店気分が楽しめるBSテレ東の『飯尾和樹のずん喫茶』は毎週楽しみに観ています。
東京近郊を中心に様々な喫茶店を巡る番組で、お店を営業しているいきさつやマスターたちの生き様を聞きだし、実際にメニューからおすすめを選び飲食して感想を言うというもの。
ちょっととぼけたギャグが悪意のない飯尾さんなので、登場するみなさんも気を許しちゃうようですね。


東京は上野の、他より活気があまりない通りにある「カフェー西行」。
本当の店の名前は「アウグイステヌス」という不思議な名前があるにも関わらず、客たちからは「カフェー西行」として名が通っていたのは、変な焼き物でできた西行法師の置物が店頭にどんと置かれていたから。
本当の名より親しみはあるかもしれないですが…。
実は本当の名前は学のある方から名前が違っていると指摘され、看板をこっそり置物で隠しているのです。
 
当時カフェーというとやや怪しげな、いわゆる風紀があまりよろしくないお店もけっこうあったようですが、この「カフェー西行」には、いったい何歳なのか不明ですがのんびりした男の店長・菊田が調理を担当し、給仕は若い女給さんが数人いるこじんまりとしたあたたかな喫茶店なのでした。
 
この「カフェー西行」で繰り広げられる女給さんたちの様々な人生を、当時の世相とともに描いているのはまるでモノクロ映画でも観ているように感じました。
5つのエピソードにわかれて描かれていますので、がっつりネタバレせずに軽く内容を紹介すると…

・教師をしている夫の浮気を疑い、この「カフェー西行」に勤めるひとりの女給が相手なのではないかと探偵よろしく密かに調べに訪れた主婦。その疑われた女給のタイ子は、偶然施してしまった濃い化粧のおかげで有名になり大きなカフェーにスカウトされることになりますが…。
 
 
・女給募集の張り紙に十九歳の女性と条件が書かれているのに、どう見ても中年と思しき婦人が面接にやってきて、お気楽店長の菊田は即刻雇ってしまいました。
すでに働いている女給たちはどうしてそんな嘘をついているとわかってて雇うのか呆れてしまいます。おまけに家柄は男爵家だというので、元来嘘つきの性分の女給・美登里は自分のつく嘘となんだか次元が違うように思い、その女性は本当に男爵家の人間なのかを調べるために仕事帰りの彼女の後をつけることにします…。
 
 
・「カフェー西行」の女給のひとり、セイは高女を出ている才女で将来は小説家になりたかったのに、自分には才能がないのだと途中で諦め一旦輸入食材会社の事務員として働くも、当時は女性に秀でた能力を期待する会社はなく、次第に年齢のことを気にしだすと会社に居づらくなり辞めて、西行に出戻ってきたのでした。
そんな中、背格好は小さいけれど童顔の顔に似合わず髭を蓄えた男から声をかけられ、今の髪型は似合わないとはっきり言われてしまうのでした。しかし男の言うとおりに髪を変えると、すごく見栄えが良くなったのですが、いったいこの男は何者なのでしょう…?
 
 
・先に教師の男との不倫を疑われた女給・タイ子は、女給を辞めたあと一人息子を兵隊にとられ、その間は運よく引き継いだ神田にある小さなタバコ屋を営み、どうにか細々と暮らしていました。
戦地に赴いた息子に手紙や差し入れを送るも、検閲がありはたして送った差し入れがもしかしたらうまく届いていないと感じられることもありました。息子からも返信が来ますが、次第に間隔があいたり書かれている内容が変化していく様は、戦争中の緊迫感をも感じさせます。
 
 
・最後に語られるエピソードはどうやら戦後まもなくの様子で、マスターの菊田はもうすぐ70歳を迎えるというし、軽い嘘をついていた美登里がまさかのマスターの奥さんにおさまっていました。
しかし、何もかもが焼けてしまったあとの店を美登里もともに切り盛りして立て直してきたようです。
そこで働く女給の幾子の密かな楽しみは、帰り道に見かけるこじんまりした家だが庭があってたまにその家の仲良さそうな老夫婦の睦まじい様子を見ることです。しかし幾子の家では長男が戦死し、母がいつまでも立ち直れずにいることが悩みのタネでした…。


大正から昭和初期、そして戦後間もなくのひとつの小さなカフェーを中心に繰り広げられる女給たちの暮らしやその周辺の市井の人々の血の通った生き方が切々と描かれています。

そして実はそれぞれのエピソードに登場する人物たちが、やはりこの本でもどこか繋がっていて「ああ、そうか…」と納得したり、くすっと微笑ましかったり切ない思いになったりと、とても伏線の回収の仕方も上手いです。最後のエピソードに登場する老夫婦の正体がわかると、読者はなぜか幸せな空気を感じることでしょう。
 
やはり戦争に家族をとられてしまったエピソードはどれも切なくやるせない気持ちになってしまいます。
この本の物語はフィクションだとしても、それに近い物語が実際に普通の人々の中に流れていたのだろうと思いますね。
 
時世をすごくよくわかりやすく描いてくださっていて、ちょっと平和で自由を謳歌していた大正時代から次第に生活も苦しくなり家族が戦争で亡くなったりという逼迫した戦時中のことなど、女給さんたちの目を通してこれまでとは違ったアプローチでこの時代の人々の暮らしを、現代の私たちに教えてくれています。
 
 
また大正から昭和にかけて流行した着物「銘仙」のこともたびたび出てきます。女給たちはどういう銘仙を着れば当時珍しくておしゃれだった白いエプロンに合うのかを日々考えていただろうことにも言及していて、モボ・モガなどのような近代的洋装と競っていたのかなと思われます。
 
他にも百貨店の“昇降機ガール”(エレベーターガールですね。確か以前は地方のデパートにもいらっしゃったような…)のことが新聞に取り上げられて、揃いのワンピースを着た姿にあこがれる女性も多かったようです。
女給さんの中にも憧れを話す人もいますが、昔は今よりももっと狭き門のようで年齢が14歳から30歳までならOKと謳っていますが、写真に映る女性たちはどう見ても10代ばかりのようで、女給さんたちは皆20代ですから「無理」と諦めの境地のようですね。
そこでの会話でも美登里が軽い嘘をついてしまうのが、まあ可愛いというか罪がないというか…😅
いつの世も女性と言うのはおしゃれなものに目がないし、見栄っ張りだったりもするんですね。
そういうところも描かれていてとても読んでいて楽しかったです。
 
甘辛両方の視点が注がれていて直木賞を取った作品ってやはりすごいなあと思いました。
100年前も今も、頑張る女性たちに幸あれ…ですね。


 

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