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雪あかり〜釧路の啄木|唄う茶道家の小唄鑑賞

暑さに向かうこの時期にいささか恐縮ではありますが、「雪あかり」という小唄。同じく結核により早逝した正岡子規と謡についてのnoteを読んで、石川啄木が頭に浮かんだからであります。

明治41年1月21日、21歳の啄木は釧路新聞社に主筆として迎えられ釧路駅に降り立ちました。その時に読んだ
”さいはての駅に降り立ち 雪あかり
さびしき街にあゆみ入りにき”
が起点です。

さいはての 今宵別れていつまた逢えるやら
尽きぬ名残を 一夜妻
帯も十勝にこのまま根室
灯りを消して
足袋脱ぐ人に 雪あかり

絶望の果て雪降る釧路に降り立った自分を詠んだ歌とは裏腹に、釧路に在した3ヶ月、啄木は情熱的な時を過ごします。芸妓、小奴とともに。
そして、同年4月5日に帰京の途につきます。

別れの前夜でしょうか。その夜の二人の熱は想像にお任せします。
「帯も十勝に」は、もちろん「帯も解かずに」です。同じく「このまま根室」は「このまま眠ろう」です。

情熱的な3ヶ月を過ごした若い二人であるからこそ、最後の夜に「帯も解かずに、このまま眠ろう」が、心に沁みます。そして、雪あかりの中で足袋を脱ぐ女。この「雪あかり」の部分。小唄にしては珍しく低音で歌うのです。腹から絞りだすように。「雪あかり」の一節に啄木と小奴の矜持が現れている気がします。

この心情、情景。茶席おける「色気」に通じるのではないかと野暮な茶道家は思うのです。

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