見出し画像

沖のかもめ〜スレスレの|唄う茶道家の小唄鑑賞

小唄(江戸小唄)というのは、庶民の音曲です。ですから、内容は庶民のひとときの恋であったり、嘆きであったり、ため息であったりします。そのような庶民の感情を謳った歌と言えば、今では「演歌」が最右翼でしょう。つまり、小唄と演歌は根っこのところで繋がっているのです。

江戸時代や明治の初期であれば、その分野は小唄の真骨頂でした。しかし、時が下り昭和になると歌謡曲・演歌という分野が隆興します。昭和の頃、小唄と演歌は同じ題材を扱うこととなりました。小唄は三味線を、演歌は楽団をバックに歌います。そして、小唄は四畳半で、演歌はステージで歌われました。

そうした違いはあるにせよ、同じ題材を扱っているのですから、近接点はあったはずです。平たく言えば、小唄が一歩間違えば「演歌」になっていたかもしれない時代です。

この小唄も、ギリギリのところで小唄側に踏みとどまっています。歌詞の内容は極めてわかりやすく、“沖のカモメの潮時問えばよ・・・“と民謡(「ソーラン節)」が挿入⇨アンコにされているところが際どいですが、全編を聞けはやはり小唄なのです。

一歩間違えば、演歌に転落するギリギリのところで小唄側に踏みとどまる。昭和の小唄の「試練」だったのかもしれません。

今宵別ればいつまた逢える
思いを込めてグラスを合わせ
言葉にならない「さようなら」を
むせび泣くよに流れてる
男と女の涙唄
“沖のカモメに潮時問えばよ
わたしゃ立つ鳥 波に聞け“
辛い別れの夜が更ける

作詞 常盤まさ米 作曲 松峰照 (昭和56年7月)

この唄を小唄たらしめている部分は、「さようなら」しかないと思います。これがなかったら、ほぼほぼ「演歌」になっていたでしょう。
そういう意味で、演歌と小唄の境界をギリギリ“攻めた“一曲なのかもしれません。

いいなと思ったら応援しよう!