都々逸|唄う茶道家の小唄鑑賞
小唄と似たような音曲に、「都々逸(どどいつ)」があります。小唄と同じく座敷を土俵とする邦楽?ですが、小唄が2、3分であるのに対して都々逸は1分で完結します。
小唄の泰斗ハーさんの説を借りれば、都々逸は聞き手のダメージがさらに小さく、お座敷向きということになります。実際、ハーさんは、小唄の名手でありましたが、都々逸では無敵でありました。
都々逸がどういう音曲かと申しますと、歌詞が七五調である。オチがある(のが望ましい)以外は是と言った形式はなく、出だしの三味線(これは定形があります)に続いて、三味線にあしらわれながら唄えばいいのです。座敷のために稽古してくる同輩もいますが、最高峰と言われるのは“即興“です。
まあ、即興の境地に至るにはそれなりに修行が必要でしょう。その域に達するまでは、別の座敷で歌われた都々逸を聞きかじって披露するとか、“古典“をそれなりに攫って座敷に向かうとかが常套。
まあ、いい加減なんです。その際たるものが“アンコ“。どら焼きの餡子のように挟まっているのでそのように呼ばれますが、要は都々逸の間に別物が挟まっている形式です。これは、以外と高度な芸で、聞き手挟まっているものを知らなければ、ただの言葉の無駄遣いに終わるからです。引用とか、枕詞の類ですね。
そのアンコの秀逸なものに、あの美空ひばりさんが披露した都々逸があります。
元の都々逸は、
腹の立つときゃ 茶碗で酒を
なめもせぬのに やけで飲む
これだけでも秀作です。“腹の立つときゃ茶碗で酒を“。腹がたったからと言って、茶碗酒とは・・・どんな豪快な女傑なのかと思いきや、“なめもせぬのに やけで飲む“。お姐さん本当は飲めないんです。
それでもヤケクソで飲む。怖いですね(笑) 何があったのでしょうか。
美空ひばりさんのバージョンでは、これに
酒は涙かため息か 心の憂さのすてどころ
というかの名曲の一節がアンコされます。“腹の立つときゃ茶碗で酒を“にこの一節が続くと、何やらただ事ならない雰囲気になってきます。お姐さんは、怒りに任せて茶碗酒に立ち向かうのではありません。やんごとなき理由がありそうです。
こうなると、最後の“舐めもせぬのに やけで飲む“がより活きてきます。
どうぞご鑑賞ください。
三味線が古賀政男先生というのもイイです。演奏が終わって、「よくできました」と言わんばかりの頷き。これぞ古賀政男先生!ではないでしょうか。
