唄う茶道家の小唄鑑賞|酔いざめに〜醒めてもまだ物憂い秋の宵
これも松峰派を代表する曲です。作詞は、伊藤寿観。来歴は明らかではありませんが、昭和50年代を中心に、モダンでありながら美しい言葉を紡いだ詩が、いかにも小唄然としていて印象的な小唄作詞家です。
酔い醒めに 弾くともなしの 爪弾きは
さえぬ心の捨てどころ
馴染みになった足音も 聞けなくなって
色蔦の 燃えて儚き枝折り戸に
もしやもしやの風の音
作詞 伊藤寿観 作曲 松峰照 (昭和51年8月)
主人公は女でしょう。それも、昼酒の酔いから醒めた時に何の気無しに手に取れるところに三味線があるのですから、芸妓かもしれません。
ちなみに「爪弾き(つめびき)」とは、小唄の三味線を意味します。三味線は基本、撥を使って演奏しますが、唯一小唄だけは撥を使わず指で弾きます。それを「爪弾き」と呼びます。
最近顔を見せなくなった男に思いが募り、酒で憂さを晴らそうとしますがそれもひととき。醒めてもまだ憂さは残ります。三味線を弾いても憂さは晴れません。
時期は秋です。庭の蔦が真っ赤に紅葉しています。その時、枝折り戸が開く気配が。「もしや!」とときめくのも束の間。それは風の悪戯でした。
「色蔦の 燃えて儚き枝折り戸の」。情緒的です。「燃えて」は炎のように真っ赤に紅葉した蔦とともに、ときめく女心を形容しています。エロチックでさえあります。
しかし、それは「もしやもしやの風の音」
男を思うが故に、風で枝折り戸が開く気配にさえ敏感にときめいてしまう。
それが風の音と知る残酷さ。
物憂い秋の宵は続きます・・・。
