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無意識の正体

落とし物をするほど物を持ち歩いたことがない。
スマホと財布さえあれば困ることはないし、アクセサリー類をつけるのも面倒で、透に何度かピアスを開けないかと誘われたが断っていた。

ピアス自体はかっこいいなと思うのだが、どうにも耳に穴を開けるというのが怖いなんてことはもちろん言っていない。


音楽サークルという、名前だけを聞くと何をするのか分からないサークルの副部長をしている俺は、今日もまた活動場所である第二音楽室へと向かう。

隣には同じサークル仲間の透。
サークルに入ってできた友達だが、音楽の趣味が合ったことがきっかけで仲良くなった。今では親友と呼んでもいいほどに長い時間を過ごしている。

少し茶色く染めている癖っ毛に180近い高身長、なんだか掴めない空気感を漂わせている彼は、隠れモテ男だったりもする。
本人が気づいているかどうかは定かではないが、サークル内にも彼に好意を寄せているであろう女子をちらほらと見かける。

俺はというと、どこからどう見ても平凡そのもので、恋愛経験もまた人並みである。
取り立てて話すようなこともないし、自慢できるようなことと言えば英語が得意なことくらいだろうか。


第二音楽室では、すでに数人のサークルメンバーが各々の活動に励んでいた。
音楽サークルは、ジャンル問わず好きな音楽を聴いたり、はたまた演奏したり、誰かに布教したりというそれはそれは自由なサークルである。

メインである第一音楽室は軽音や吹奏楽などに取られているので、ほとんど使われていない第二音楽室をあてがわれている。

部屋へ入ると、窓際でテーブルを寄せている4人組の元へと向かう。
第二音楽室とは名ばかりで、中に入れば普通の教室となんら変わらない。
一応準備室などもあるので楽器などもあるのだろうが、おそらく古いものばかりだろう。

「お疲れ!あんた達いつも二人で来てるけど、他にサークルの友達いないわけ?」同級生の瑠璃が、長い黒髪を揺らしながら揶揄うように言ってくる。

「いないわけじゃないけど、なんだかんだ居心地がいいからね、悠人ゆうとは。」
透はサラッとこういうことを言う節がある。根が真っ直ぐで、嘘がつけないタイプ。この素直さや直球さが羨ましくもあり、眩しい。

「この前はあきらの番だったから、今日は舞の番かな」
透節をスルリと流した瑠璃は、右横に座る後輩の舞へと目線を向ける。

俺らの主なサークル活動は、自分の好きな曲の紹介だ。
順番で回して、どんなところが好きなのかや歌詞の解釈を各々で討論し、気ままに時間を過ごす。

共通点はみんな音楽が好きってこと。
このサークルで知ったバンドやボーカルもいて、自分の中の音楽の世界が広がっていくようで楽しい。

前回、あきらが紹介してくれた、女性だけのロックバンドも初見だったが、とても好みだった。
見た目のクールさとは裏腹に、切なく繊細な声のボーカルが重厚感あるバンドの音と絡み不思議な心地よさを奏でていた。
技術や上手さがどうこうというよりも、なぜか胸に残って離れない声だった。


「舞?」
自分の言葉に返事がなかったのを訝しんだ瑠璃が、再度声をかける。
彼女はというと何か言いたげに透を見ていた。

「…あ、はい!そうですね」
瑠璃の言葉にハッと我に返ったかのような舞は、言いづらそうに続ける。

「私の曲紹介の前に、ちょっといいですか」
視線を彷徨わせながら、彼女は小さな封筒を取り出した。
ポチ袋よりも小さく見えるその封筒は、少しだけ膨らんでいる。

「これ、この前のサークルの時に床に落ちていて。透先輩のじゃないかと思ったんですが…」
机の上に置かれた小さな封筒を見ながら話した後、伺うように透の方を見る。

「ん?俺の?」
透はというと、この小さな封筒に心当たりがないようで不思議そうな表情を浮かべている。

それでもその封筒を手に取り、中身を取り出したとたんにハッとした顔になる。
「ピアス…!」
封筒の膨らみの正体は、シルバーに輝くピアスだった。
透の手に乗るそれを見れば、たしかに見覚えがないこともない。

ふと気になって彼の耳元を見れば、シンプルなブラックのピアスがつけられている。

今つけているものよりも大きめで、デザインも凝ったものと思われるシルバーのピアスを透は嬉しそうにカバンへしまっていた。

「これ、大事にしてたやつなんだ。片方無くしちゃったと思ってて、けっこう落ち込んでたんだよ。だから見つかってよかった。ありがとな、舞」
透の言葉に嬉しそうに目元を和らげる舞に、胸の奥がドキッとするのと同時にグシャリと痛む。


舞が透に好意を寄せていることは、なんとなく気づいていた。
皮肉にもそれに気づいているのは俺だけのようで、そりゃあ誰よりも気にかけていればそうなるか、と勝手に納得する。

「舞はそういうのよく気がつくよね。いつだったか、私が大事にしてたキーホルダーも拾ってくれてたし」
舞の右に座っていた伶菜れなが、感心したように言う。
褒められ慣れていないのか、居心地が悪そうにする舞がなんともいじらしい。

俺もピアスを開けてみようか。
もしくは、落とし物ができそうな何かを。

その時は彼女が拾ってくれるだろうか。
そして俺がお礼を言ったら、さっきのように笑ってくれるだろうか。

頭の中でそんな妄想を描いては、小さな息とともに吐き出す。

舞は優しいから、誰がどんな落とし物をしても拾ってくれると思う。
ただ、その目に宿る感情や想いは決して等しくはならない。

あくまで透に向けられたその目は、感情は、俺に向くことはない。

隣に向けられる視線を知りながら、それでも舞への気持ちを捨てられない自分がなんとも可笑しかった。
親友に抱くこの劣等感も、その親友に惹かれている後輩への自分の思いも、どちらも消せるなら消してしまいたい。

最初から分かっていれば好きにならなかっただろうか、と考えたこともある。
答えは"分からない"。
気づいたら好きになっていたのだ、もしも話や出会っていなかったらなんて考えたところであまり意味はない。


結局、この気持ちは消すことも変えることもできない。
分かっているからこそ、やっぱり可笑しくて笑える。

過去の恋愛でこんな気持ちになったことはなく、この感覚は初めてだった。
もしかしてこれが"運命の恋"ってやつだったり?と、ポジティブに考えてみる。

運命でも偶然でもなんだっていい。
いつになるか分からないけど、今だと思える時まで待つ覚悟はできてる。
それまではゆっくり、後輩と先輩という関係を楽しむ余裕を持ちたい。



改めて、と曲を紹介する舞の声が遠くに聞こえる。
なんだか似たような声を最近聞いた気がして、記憶を探る。

熱心に聞いている他のメンバーに、少しだけ開いた窓から差し込む夏の日差し。
ゆらゆらと記憶の波を揺蕩っていると、やがてそれに思い当たる。


あぁ、そうだ。
あきらが紹介してくれたバンドのボーカルだ。
あの時感じた気持ちの正体はこれか、なんて気づいて苦笑する。

思っている以上に重症のようだ。
無意識とはいえ、その声に惹かれてしまっていた。


スマホに映し出された歌詞を見せながら、一生懸命に話す舞の髪を風が揺らす。
その風が俺の耳元をさらっていって、なんだか気分が良くなった。

気持ちを切り替えて少し身を乗り出し、舞の手元にあるスマホを見る。
曲のタイトルが見えて、思わず心臓が跳ねた。

『アンコンシャス』

—前言撤回。
やっぱりこれは運命の恋なのだ。

突然笑みを浮かべる俺に、舞の視線が飛んできた。


片想い文芸部の第4回企画に参加させていただきました。
前作に登場した別のキャラクター視点のお話。(前作はこちら

叶わないなら好きになりたくなかった、なんて思う恋もあると思うのです。
そう思っていても気持ちは消えたりしないし、むしろ増していくばかり。
人を好きになるというのは、不可思議ゆえに魅力的で素敵なことだなと思います。
今回は少し雰囲気を変えて、いつもより明るめな終わりにしてみました。


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