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人肌ほどのぬるい恋

一滴もお酒を飲んでいないから、頭は冴えて体は冷える。
冬の夜風は火照った頬を心地良くなでていくが、じくじくと痛む心までは届かない。

手の中にある温もりだけが、先ほどの出来事を思い出させてくれる。


新年会という名目の飲み会で、いつも通りソフトドリンクを口に運ぶ。

飲みの場は好きだけれど、体がアルコールを受け付けない。
目の前で次々と消えていくジョッキを見つつ、その奥で穏やかに微笑んでいる彼に視線をやる。


ネクタイを少しだけ緩め、いつもより赤くなった頬。
隣に座る上司の話にしっかり相槌を打っているのが彼らしくて、思わず口が緩む。

同期の彼とこの会社に入って3年。部署は違うが、フロアが同じなので毎日顔を合わせている。

彼のことが好きなのだと気づいたのは最近で、だからと言ってどうすることもできないでいた。

特段仲が良いわけでも悪いわけでもない。「同期の異性」という枠にピッチリとはまったまま、右にも左にも行けず、焦る心だけを持て余している。


仕事に支障をきたしてはよくないと思って、どうせ振られるなら早い方がいいと腹を括った。
どうにもこの恋心を飼い慣らすことができなくて、手に余ってしまう。

良くも悪くもこの気持ちを外に出さないと、いつか爆発するのではないかと感じるほど日に日に想いが募っていった。


そんなわけで今日、飲み会が終わったら時間をもらって告白しようと決めていた。

お偉い方達は二次会だ、三次会だと言って朝までコースだが、私も彼もいつも一次会で帰宅している。

ノリが悪いと言われそうだが、会社の方針なのか強く引き止められたことはなく、むしろ同年代の人だけで話したいこともあるのかもしれない。

腕時計を見る。もうすぐ21時になろうかというところだ。
19時から始まったこの新年会も、そろそろお開きになるだろう。

緊張なのか興奮なのか、どちらともつかない高揚感で心臓がドクドクと脈打つのが分かる。

思えば自分から告白をするなんて初めてではないか?
それに気づけばまた、不規則に心臓が動き始めた。


「気をつけて帰れよー」
上司が朗らかな笑顔を浮かべながら、若干うるさいと感じる音量で言う。

愉快そうに笑いながら去っていく大人たちを見送り、予定通り彼に話しかけた。

「ちょっと時間ある?話したいことがあって」
唐突な私の言葉に、彼はとくに驚くこともなく頷いた。
そんなにお酒には強くないのだろう、顔から首までほんのりと朱に染まっている。


店から離れ、人通りの少ない静かな路地に入る。
喧騒が遠のき、さっきまで飲み会をしていたことが嘘のように感じた。

「えっと...」
二人きりにはなれたものの、肝心の言葉が言い出せない。
向き合って彼の顔を見れば見るほど、頭の中が真っ白になっていく。

すき。
たったの2文字。

こんなにも息が吸いづらいことがあっただろうか。
開いたままの口を閉じることも動かすこともできず、時間だけが過ぎる。


黙って私の言葉を待っている彼は、いま何を考えているんだろう。
痛いほどに胸を打つ心臓を抱えた私と、いつもと変わらない彼。

もはやそれが答えのような気がして、音を発することが怖くなる。

そうだ。私は今、怖いんだ。

好きだと伝えて早く手放したいと思っていたこの感情。
だけどいざ、無くなってしまうと思ったら怖くなった。

苦しいほどの胸の痛みも、ままならない気持ちも、暴れそうになるほどの想いも、どれもこれも「ごめん」と断られたら消えてしまう。

それが、とてつもなく怖い。

あんなに意気込んできたのに土壇場で怖気付くなんて、本当に恋とは厄介なものだなと自嘲する。


厄介なのに簡単には手放せなくて、その矛盾が切ないのに愛おしい。


感情に浸りそうになるが、彼のくしゃみの音で我に返った。

時間をとってもらったのに、「やっぱりなんでもなかった」はまずい。
なにか話題を見つけなければ...

今度ご飯でもどう?と誘うとか?
いや、そんなのわざわざここまで呼び出して話す内容じゃない。

仕事の相談とか?
それも新年会後に呼び出す口実としては微妙すぎる。

パニック状態の脳に浮かぶ案は片っ端から消えていく。

細い路地に吹きつけた冷たい風が首をさし、思わずくしゃみをしてしまった。

私もこんなに寒いんだから、彼だって体が冷えてしまう。
この際、印象が悪くなることは承知の上で「ごめん!やっぱりまた別の機会にする!」と伝えよう。

いつの間にか地面を見つめていた顔を上げる。
彼の顔が目に入るより先に、私の首にあたたかな何かが触れた。

「えっ」
彼の手が私の首元へ伸びている。

「ちょっとぬるいかもだけど」
そう言って彼は自分の手の平を私に見せた。

「ホッカイロ...?」
首元に触れたあたたかさの正体はこれだった。

「今日は寒いからもう帰ろ」
話ならいつでも聞くから、と彼は言ってホッカイロを手渡して歩いていく。

受け取ったホッカイロは時間が経っているのか、人肌くらいのあたたかさを保っている。

彼がくれたということと彼の優しさと、自分の情けなさとで感情が追いつかない。

これ以上迷惑はかけたくないと、彼の後を追って駅へと向かう。


手の中の温もりをギュッと握りしめる。
その温かさになんだか涙が出そうになって、グッと唇を噛み締めた。

夜風に混じって彼のかすかな香水の匂いが流れてくる。
シトラスと柑橘が混じったようなこの甘酸っぱさを、きっとこの先何度も思い出すだろうと思った。

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