【痛みの記憶】「牛肉が合わない」と誤魔化し続けた私が、体からの声に気づいた日
体からの愛のメッセージ:「もう無理しなくていいよ」
あれは、もうずいぶん前から始まっていた。
私は長年、「牛肉を食べるとお腹が痛くなり、下痢をして楽になる体質だ」と思い込んでいた。そう信じていれば、つらい症状に理由をつけられ、単なる体質のせいだと自分を納得させられたからだ。
それでも食べては痛み、また治まりを繰り返した。次第に、痛みはお腹まわりから背中まで広がり、どうにもならない、逃げ場のない痛みに変わっていった。
孤独な夜の呼吸
その痛みは決まって、夜中にやってきた。
眠っているはずの体が急に目を覚まし、お腹の奥がうずくように痛み出す。誰にも言えず、ただひとりで耐える夜。暗闇の中、頼りは自分の呼吸だけだった。
今思えば、あれは体の小さな声だった。あの痛みは「体の声を聴いて」と叫んでいたのだ。それでも私は、日が昇るとまた何事もなかったように動き出していた。嘘のように軽やかな体になるのだ。
美味しいものを食べて、「あぁ楽しかった」と思った夜でさえも、そのあと必ず痛みはやってきた。
だからいつの間にか、夜に出歩かなくなった。楽しんだあとに来るあの痛みが、怖かったのかもしれない。笑っていた私の奥で、体は悲鳴にも似た小さな声でささやいていた。
「もう無理しなくていいよ」
助けを求めた日
でも、今回は違った。
突然の激しい嘔吐が止まらず、「もうひとりでは無理だ」と息子に電話をした。声を聞いた瞬間、涙がこぼれた。「ちょっと来て……」と泣きながら言っていた。
すぐに迎えに来てくれて、病院へ連れて行ってくれたけれど、着いたときにはもう、自分では起き上がれなくなっていた。
そのとき、二十年前のあの記憶がふっとよみがえった。
生かすための痛み
あのとき私は、重い病の床でこう決めていたのだった。
「これから先、これより辛い痛みがあるなら、もう死ぬ方がいい」
しかし、今回の痛みは違っていた。
私の体は、あのときよりひどく痛くしなかった。どこが痛いのかを“わからないもの”にしてくれていたのだ。
生かすために。
ギリギリ我慢できるくらいの痛みにして、私をこの世界に残してくれていたのだと、今は思える。
あの痛みは、私を苦しめるためにあったのではなく、これ以上無理をさせないための、体からの必死のメッセージだった。
私は、この体をもっと大切にしようと、強く誓った。
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