まだまだ、こんなものを隠していたなんて。。。#1不足から出していたお金
今朝、ひとつ気づいた。
わたしは、お金を「不足」から出していた。
冷蔵庫に何もない。
だから買い物に行く。
下着がくたびれてきた。
だから買い替える。
着たい服より、先に価格を見る。
欲しいものより、価値と値段を比べる。
必要だから出す。
足りないから補う。
なくなったから足す。
そんなふうに、お金を使うことが
いつの間にか“不足を埋める行為”になっていた。
まるで減価償却みたいだと思った。
古くなったものを入れ替える。
傷んだものを補充する。
数字を合わせるように整えていく。
そこに、歓びはあっただろうか。
ときめきはあっただろうか。
そして、もうひとつ気づいた。
洋服を着る前に、
心地よい下着を身につけたい。
人に見えるものより先に、
わたしがいちばん近くで感じるものを整えたい。
誰かの評価より先に、
わたしの肌がよろこぶものを選びたい。
お金は、足りない穴を埋めるためだけのものじゃない。
わたしを心地よくするために。
わたしがわたしを大切に扱うために。
“これが好き”を選ぶために。
そんなふうにも、流れていい。
不足から出すお金ではなく、
豊かさから巡るお金へ。
今日、そんな扉がまたひとつ開いた。
まだまだ、こんなものを隠していたなんて。
思わず笑ってしまったが‥
わたしは敏腕検事のように、
静かに潜んでいる前提を見つけ出す。
誰かを裁くためじゃない。
過去を責めるためでもない。
これからの人生を、
もっと自由に、もっと軽やかに生きるために。
