見出し画像

【連載小説】 「コワレモノ預かりカウンター」は コチラです (第3話)


前の話    第1話から読む(あらすじ)   次の話






「えっ?!これって……」


恐る恐るフタを開けてみると、ふわりと潮の香りがし、それと同時に女性の機械的な声が聞こえてきた。

『こちら、コワレモノ預かりカウンターです。型に合うコワレモノを入れて、一か月以内にお越しください。
お預かりしたものと、その物がつなぐ「ご縁」は必ず修理し、お返しすることをお約束いたします。
なお、カウンターが見つからない場合もございますが、悪しからずご了承下さい。
今回は香川県の小豆島しょうどしまに設置いたしました』


「えっ…え…?」

不思議な声は、それきり聞こえて来なかった。

「なにこれ…?!こわれもの…カウンターって…?」


周りを見ても特に変わった様子は無い。しばらくしても何も起こらないので、私は恐る恐る箱をよく見てみた。

「このマーク、なんだろう…?」

金槌とレンチが交差した刻印は、昔どこかで見たような気がしたが、思い出せなかった。中を見ると、ウレタンで出来た何かの型のようなものが入っている。


「あ……」


その形には見覚えがあった。
急いで飾り棚からリスの置物を持ってくる。割れた欠片を元の場所にはめてからウレタンに押し込むと、思った通りぴったり納まった。
私がビンテージとか、コレクタブルズとか言われるような古い小物雑貨が好きなのを知っていた恭平が、付き合い初めの頃プレゼントしてくれたものだった。


「これ、たぶん春琉ちゃん好きなんじゃないかな、って思ったんだ。お店で目が合っちゃって」


恭平は照れながら渡してくれた。
リスは焼き物で出来ていて、尻尾には何かの毛皮が貼り付けてある。くりっとした大きな目に、前足には木の実のようなものを持っていた。
どこの国の、どのくらい古い物かは分からないけれど、きっと誰かに可愛がられていたんだろうな、と思った。
私もちゃんと大切にしよう。仲良くしてね、と挨拶をしたら、きゅっ、と笑ったような気がした。もちろん気のせいなのはわかっている。

それがこの間、突然割れてしまったのだった。
落とした覚えは無かったのに、木の実の部分だけ綺麗に分かれていつの間にか下に落ちていた。
気に入っていたけれど、恭平と一方的に連絡が取れなくなってからは見るのも辛くなり、飾り棚の花瓶の後ろに隠すように置いていた。
だからどうして壊れてしまったのかずっと不思議だった。



「前に来た時って…?風未さん、二回目なんですか?」


「うん。去年の八月。『コワレモノ預かりカウンター』、探したんだけど見つかんなくて…。そういうこともあるみたいなんだけど」


「そういえば、箱の声が言ってたかも…」


「でも今度は絶対、見つけようって思って来たの。前んときは気持ちのどこかで、見つけるのが怖かったのかもしれないから…」


風未は自分の木箱を見つめた。


「ねえ、春琉ちゃんは島には日帰り?車?歩き?」


「日帰りです。姫路港までの十九時半の最終のフェリーに乗るつもりで、ホテルに大きな荷物は置いてきてます。ペーパーだから車乗れなくて…。着いたらバスとかタクシーかなって」


「私も日帰りの予定だよ!同じ最終のフェリー予約してるんだ…」


そう言ってから風未は、あっ!と手を顔の前で合わせた。


「…ねえ!今思ったんだけど……良かったら私の車で行かない?一緒に探そう!」


「えっ?!」


私は思ってもみない提案に驚いた。


「私の車、ちょっと古いけど全然走るから!ねえ、どう?」


「え、えっと…」


確かに初めての場所だし心強い気もしたが、従来かなりの人見知りだ。さっき知り合ったばかりの人の車に乗るなんて、正直ありえない。
けれど風未はどこか人を惹きつけるような雰囲気を纏っていて、嘘が無いような気がした。
ここでこの誘いを断ると後悔するよ、と、心の奥から自分の声が聞こえた気がした。


「えっと…あの…じゃあ、お言葉に甘えて…」


「うわぁ!!嬉しい!心強い!」


普段の私には絶対にない。それこそ“魔が差した”ような気もしたが、その「魔」に乗ってみてもいいような気がした。


「じゃあ、あの私、ガソリン代払います」


私が財布を出そうとすると、風未がブンブン手を振った。


「いいよいいよ!姫路で満タンにしてきてるから。日帰りのつもりだし、島では入れないよ」


「じゃあ…お昼代、おごります」


「えー…いいのに…」


「その方が乗せてもらうのに気が楽かも…」



「……うん、そっか!じゃあ私も『お言葉に甘えて』!」


風未が笑った。その屈託のない笑顔につられ、私も笑った。

探す、と言っても正直どこに行ったら良いのか見当もつかなかった。
そもそも誰かに、小豆島のどこかに突然カウンターが現れて、大切な人からもらった物、それがつなぐ「ご縁」も直してくれるから探しに行くんだ、なんて言ったら笑われるか、メンタルを本気で心配されるかだろうな…と分かっていた。
だから今回、誰にも相談していない。
私は風未と『コワレモノ預かりカウンター』の話ができることが嬉しかった。

「きっと、どこかの観光スポットだと思うんだよねー」


風未はドラマの探偵が考え込むときのような仕草で、額に手を当てた。

「どうしてそう思うんですか?」


「だって、人んちのトイレとか物置に現れたら、絶対に見つからないでしょ。そこまで意地悪じゃないような気もするし」


「…それだけ?」


「うん、それだけ!あとはなんか、そんな気がするってだけ!」


私は風未らしいな、と思って笑った。そして、さっき出会ったばかりだった!とすぐに気が付いて、もう一度笑った。
風未とはどうしてか、初めて会った気がしなかった。

最初は何を話したらいいんだろう…と、いつものようにせわしなく頭の中で話題を探していたけれど、すぐにその心配はいらないことが分かった。
風未はふいに黙り、柵にもたれて景色を眺めたり、急に思いついたことを話しかけてきたり、自由だった。
だから私も、を会話で無理に埋める必要は無かった。
沈黙が怖くてしゃべり続け、変なことを口走って後悔したり、楽しかったのに気疲れして家に帰ってグッタリしている、いつもの自分が馬鹿らしい気がした。
 

風未は東京で雑貨やアパレルを扱う会社に勤めていて、その店舗は雑貨好きな私も気に入ってよく行っているところだったので、そう伝えたら風未は喜んでいた。
風未は結婚していて、東京に夫婦二人で暮らしているという。

「私が持ってきたのはね、これだよ」


風未は木箱の蓋を開けた。
中には山吹色で太陽が描かれたデミタスカップが入っていた。
太陽には顔があり、大きなアーモンド型の目で横目を使った独特な表情が印象的だった。ビンテージの物のようにみえる。

「わぁ…すごくかわいい…!」

よく見ると、細い取手の付根部分にヒビがはいっていた。


「そうでしょー?これ結構古くて、アラビアっていう北欧の食器なんだ。一人暮らしするときに実家から持ってきたの」


アラビアは私も好きで憧れのメーカーだ。
風未はそれ以上、そのカップについては何も言わなかった。
私のリスの置物も見せると、


「なにこれめちゃくちゃ可愛い!うちの店にもこんなの欲しいな…」


と、結構真剣な表情で観察していた。



それからお互いのことを話し合ったりしているうちに、あっという間に時間は経ち、結局船内にはほとんど入らなかった。
景色が沖の雰囲気と変わってきた気がして進行方向を覗いてみると、いつの間にか小豆島らしきものが前方に見えていて、もうすぐ到着するというアナウンスが流れた。


「ねえ、接岸するとこ見ようよ!何度見ても面白くて好きなんだ。おじさんが船から投げられたロープ掴んで、あのよく港にあるアレ、ほら丸っこい杭みたいなのに引っ掛けるの」


「え、私も見てみたいです!」


フェリーは港にどんどん近づいていく。
朱色の鉄骨でできたゲートが見えてきた。姫路港にもあったそれは、まるで鳥居のように島に来る人たちを出迎えていた。
そのすぐ横には江戸時代風の純和風なやぐらのようなものがあった。小豆島の北東に位置する「福田港ターミナル」のシンボルらしかった。


島がぐんぐん近づいてきて、こんなスピードで港に入ってぶつかったりしないのかな…と、フェリーに初めて乗った私はちょっと心配になった。けれどもちろんそんなことはなく、係のおじさん達は慣れた様子できびきびと動き、あっという間に接岸した。
ロープが回転式の機械に掛けられているのを見た時、風未が、


「そっか!車に戻んなきゃ!」


と思い出したように言った。


「船が止まるまで車のところに降りないでって、さっきアナウンスで言ってましたけど…」


私が言うと、風未は言った。


「そうなんだけど、前んときみんなめっちゃ早かったんだよね!」


私たちが急いで降りて行くと、船底に四列に分かれ整列した車には、ほとんどの乗船客がすでに乗り込んでいた。


「あれだよ!あの黄色い車!」


風未は前から二列目くらいの軽自動車を指さした。前の車が出ないと、後ろが詰まってしまう。
私たちは慌てて車に走った。風未は運転席に乗り込むと、助手席に散らばったサングラスなどの荷物をかき集め、後ろの席に放り投げた。


「どうぞ!」


「お、おじゃまします!」


私も慌てて乗り込んだ。


(第4話に続く)


前の話    第1話から読む   次の話

シリーズのマガジンはこちらです。


いいなと思ったら応援しよう!