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考えることが好きな人間の備忘録には「X」が一番だ

はじめまして。そらみといいます。
noteを始めるにあたり書き出しが本当に思いつかず、とりあえず先に簡単な自己紹介をすましたいと思います。
一応目次は置いておくので、どうぞよろしくお願いします。

自己紹介

基本的な情報

1996年関西生まれ、2024年現在28歳東京在住の女です。
今のお仕事はIT・Webマーケティング系のコンサル会社に勤めております。
(はたから聞くととても怪しい業種です、すみません。)

好きなこと

最近「源流をたどること」が好きだということに気づきました。
言語や歴史から人の考え方まで、色んなトピックがありますが、どんなことも「元ネタ」的なイメージで、源流を辿るのが好きです。

考えることも勿論好きなのですが、どっちかというと逆算型というか、下流にある課題に対して遡って考えることがほとんどです。

そして、いわゆる個人的な趣味だとゲーム・漫画・ゲーム実況/配信・Vtuber文化に触れています。

上記を踏まえると想像にたやすく、SNSの中だとX(未だにTwitterと呼んでしまいます)が大好きです。

なぜnoteを始めるのか

きっかけ

先に書いた通り、私はXが大好きです。
今回noteを始めるのは、Xに投稿した自分のポストを自身で見返しやすく溜めておきたいなと思ったからでした。

Xが好きな理由は大きく3つ挙げられます。

  • リアルタイム性があること

  • 現実よりも簡単に文化圏を超えた意見が見れること

  • 文字数が限られていること

これらの理由から、私はXを「自分の考えの備忘録」として活用しています。

世間ではよくブログ媒体で行われていることなのかな~と勝手に思っていますが、個人的にブログだとまあ続かない(経験あり)。
誰もが経験している通り、ずぼらな人間に意識的な継続は難しいのです。

※以下、ただただXの良さを語るパートなので飛ばしてください。

Xはプレミアム機能を使わない限り、基本1ポストあたり140字で構成しないといけません。その文字数がちょうどいい。

自分の考えを何かに書き留めるとき、考えなんてふわふわした水蒸気(=雲)のようなものなので、書けば書くほど何を書き留めたのかわからなくなりがちでした。

そこを救うのが文字数制限。

実際今こうしてnoteという大海原に出てみると、永遠と言葉が紡がれてしまって、まだ中盤にも関わらず非常に不安になってきました。
現実世界と一緒で、制限というのは時に自由を一番実感させる要素の一つなのだなと勝手に身に染みています。

そして、その自由を感じさせる制限こそが、長年あの有象無象系SNSが愛されている一つの要素でもあると個人的に感じているのです。

私が残している言葉・テーマ

じゃあ私はどんなことをXに書き留めているのかと。
それは大きく3つ。(また3つ)

  • 仕事について

  • 考え方について

  • 人間について

めちゃくちゃ抽象的ですが、ただ日々のふとした気づきを書き留めているだけなので許してください。

大体こういうテーマって、その人の考え方と価値観が色濃く出るところだと思います。
私は自分のリアル知り合い用のアカウントにそんなものを垂れ流しているんですから、もはや裸より素の自分を見せているようなものです。
(なんか途端にめっちゃ恥ずかしくなってきた)

ただ、だからこそ見返す価値があると思っていて。
その時の自分の裸の写真なんて撮ってられないので、言葉で残しておきたいのです。

数年後の私が共感してくれるのか、説教してくれるのかわかりませんが、傾向として、基本的に過去の自分には是非問わず励ましの言葉を送りたがっていることが多いので三日坊主の私も続けられているのだと思います。

私にとっての「考え」

冒頭でも書いたように、わたしはしがないコンサルタントです。
これまで新卒から企画職しか経験していない私の仕事は、基本考えることだと思っています。

仕事上、「考えること」という分野で重視しがちなのが「合理的」「論理的」「効率的」などの、いわゆる冷たいビジネス感のある要素です。

これまでまだまだ長くはない社会人生活を経て、個人的に気づいたことがありました。
それは、「実はみんなそこまで考えてない」ということ。
これは決してバカにしているわけではなく、純粋な気づきです。
みんな別に手土産にコーヒーを買いに行った時の店員の舐めた態度を見て「コーヒー豆の価値はどのようにして共通認識されるのか」など、気にならないんです。
(またこの話はぜひnoteで取り上げたいです。)

普段からいろんな分野の知識や情報に触れること、とにかくなぜなのかを考えること、そして自分の考えを言語化すること、新しいテクノロジーを仕事に用いて効率化すること。

これらを意識している人たちは会社の人たちやXにはたくさんいますが、リアルの友だちやInstagramには見当たりません。
(決してInstagramが嫌いなわけでなく、SNS自体の想定利用目的・ユーザー属性とは違うよね、って、ただそれだけです。)

私の父もまさにそういう新しいもの好きかつ調べ事が好きな人間で、昔から大人はそういうものだと思って生きていました。

最近よくXでは「エコーチェンバー現象」という言葉が飛び交っていますが、まさに自身もそれに近い経験をしていたのです。

つらつら書いてしまいましたが、なにが言いたいかというと、

ふと書き留めていた「私の考え」は財産なんだ

ということに、気づいたということ。
これは別に私そらみに限らず世の中のすべての人に当てはまります。
よく会社の研修とかで、「自分の意見を持て」と言われますが、意見じゃなくたって良いんです。

その価値に考えの粒度は問われません。

今の自分がそう考えたこと、その存在と記録が財産であり価値になると思うのです。

だから、私は考えることが好き。
そして考えることが楽しいと思えるのかなと、”今”はそう思っています。

これから書きたいこと

イッキに私の考えかたがどうちゃらこうちゃら、みたいな文章ではなくなりますが、このnoteでは、Xでの短い投稿では伝えきれなかった、より具体的な考えや、今自分がどう思うかの感想戦など、過去を振り返る形で私なりの考え方を自分のためにまとめていきたいと思っています。

基本的には、「仕事の価値観」「自分らしい生き方」「人間としての成長」など、とても偉そうなテーマを軸にしつつ、日々を過ごす上でのヒントや気づきを与えるきっかけを探していけたらなと。。
(重要なのは「気づきを与える」わけではなく、「気づきを与えるきっかけになる」ということです。大したものではないので。)

最初は私一人の思いから始まりますが、読んでくださる皆さんとも、気づきを共有しながら一緒にあーだこーだ言い合える場になれば嬉しいです。

どうぞ、これからよろしくお願いします。

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