ネズミに噛まれまして。
「結論から言って」
息子は私に「くどい」と、よく言ってくる。今回の投稿は、ネズミを巡る最高にくどい話だ。
既に「くどい」という声が聴こえてくる気がしている。
くどくてすみません。
私と夫と先生の会話中に、先生は足を抱える素振りをする。
「ネズミに噛まれまして。」
やばっ。
先生の膝に、ネズミがいた。
噛み付いていた。
私の中で。
医学的知識を持っている夫は、
先生と会話を続けていた。
私の頭の中には、
ネズミが走っている。
会話を終えて、夫に話す。
「ネズミに膝を噛まれたわりに、
平然としすぎではないか?」
そんな私に夫は応える。
「足首だってよ。」
頭の中にネズミが増えていく。混乱した私に夫は簡単な説明をする。
「関節ネズミのことだと思うよ。流石に本当に噛まれたわけじゃない。比喩。」
関節ネズミ…?
ネズミは更に増えていく。
本当に噛まれたわけじゃないことに、とりあえず安心した。
息子に伝言ゲームが始まる。
「君の先生、
ネズミに噛まれたって。
でも比喩だったみたい。」
そんな私に冷たい目線を向け、
放たれる息子の声。
「小説を書いているくせに、
比喩もわからないのかい。」
あまりにも冷たい、苦笑するしかない。
関節ネズミを検索する私は、
新種のネズミを観た。
関節遊離体の医学的俗称用語とのこと。
剥がれ落ちた軟骨や骨の破片をネズミ。
その破片が関節に挟まって起こる痛みを、噛まれたと使うらしい。
現役で医療をしていて知らなかった、
ネズミをチュウチュウと想像した自分が、間抜けにみえる。
そして後から思う。
息子は本当に知っていたのか。
私が「比喩だった」と先に言ったから、
知った顔で乗っかってきただけなのか。判定はつかない。
判定がつかないことに、
また腹がたつ。
「君の先生、ネズミに噛まれたって。」
ここで止めていたら、息子はどんな顔をしただろう。
たぶん、「小説書いてるくせに」とは言えない。
比喩だと種明かしされていないから、
笑う側に立てない。
息子の頭にも、
ネズミが走ったはずだ。
「どこで?
どんなネズミ?
学校で?
家で?
何匹いたの?」
おそらく、私と息子の中で何百匹ものネズミが駆け巡った。
そしてネズミ駆除の対策まで
練っていただろう。
ネズミ対策をする私と息子を、止めもしないで楽しむ夫の姿さえ想像ができる。
シュールだ。
先生の発した一匹のネズミが、
私の頭の中で繁殖した。
シュールだ。
息子にくどいと言われたくなくて、
私は先に正解を渡した。
おかげでネズミの繁殖場所は、
私の頭の中だけで済んだ。
済んでしまった。
シュールだ。
比喩だと分かっても、
数日経った今でも、
ネズミの姿が消えない。
だから、書いている。
書けば、出ていくかもしれないから。
やはり息子には、
くどい母でいても良かった。
だって、
ネズミを一緒に
観たかった。
息子と観たかった。
まだ私の頭には、ネズミが駆け巡っている。チュウ、と鳴いている。
