給食のアレの歴史
給食の進化と記憶は、
世代間で違うようだ。
現代も過去でも変わらない事実、
とすれば、時代に合わせて
常に栄養のことを
考えてくれていた。
給食のお供、
牛乳。
「今の給食は美味しい!」
息子は熱弁する。
「まぁ、確かに。」
「アレじゃないし、そうだよね。」
「自分の時代のアレ、
…アレ食べにくかった。」
「アレは臭かったな〜」
それぞれの世代が、記憶を遡り
それぞれの意見を口にする。
ムキになった息子は、
熱弁し続ける。
「それは、
アレの時代だったから!
仕方ない、
アレだから!」
アレ?
アレとは?
色々な世代の大人たちは、
聞いてくれてはいるが、
お酒で既に気持ちが良くなっている。思い出話で、たそがれ状態である。
息子の熱弁は届きにくい…
休日の賑やかな飲食店だ。
「アレはアレだよ!
えーと、
脱糞粉乳!」
多くの酔っ払いは、
プン!っと、お酒を吹き出す。
私は頭を抱える。
自分の間違えに気が付かない息子。
笑われていると思った息子。
熱が更に増す。
「笑い事じゃない!
アレには歴史がある!
脱糞粉乳には!」
言いたいことは分かる。
分かるけど、緊急修正が必要だ。
母が止めなければ、
誰が止める⁈
母の責任感が発動する…
息子を傷つけないように…
私は息子を、
止めなければならない!
母としての責任!
「飲食店だから、声が…大きい…よ」
もはやこの時点で、色々と苦しくて仕方ない。他の人と笑いたい。
反抗期な顔を向けてくる息子…
キィ( *`ω´)⁈
私「ダッシ粉乳な。」
息子「え、俺そう言ってる。」
私「いや、プンって。」
息子………(・Д・)
糞…脂………(・Д・)
還暦以降の方も同席だったが、
「自分でも、脱脂粉乳とは出会ってないな。兄とかは嫌がってたかな。」
謎に優しい、フォロー。
居酒屋のカウンターど真ん中。
マスターもニヤニヤしている。
「そ、そう、ソレ!」
謎に耳を赤くして、
ドヤり続ける息子。
息子の言いたかった、歴史。
脱脂粉乳(スキムミルク)
技術の進歩や戦後の社会情勢と結びつく。
19世紀後半〜
バターやクリームを作る際に出る、
副産物(脱脂乳)を無駄にしないために作られ始めた。
牛乳を霧状にして熱風で乾かす、
噴霧乾燥法などの技術が開発される。
生乳のままだと腐りやすい、
粉末にすることで常温での長期保存と、長距離の輸送が可能となる。
20世紀前半
第一次・第二次世界大戦において、
脱脂粉乳は非常に重宝された。
まず、軍用食として。
栄養価が高く、軽くて持ち運びが容易。軍の貴重なタンパク質・カルシウム源。
保存のきく救援物資として、
戦後の食糧難に陥った地域へ。
栄養源として、
大量に送られるようになる。
1940年代後半〜
日本人にとって脱脂粉乳が最も印象深いのは、戦後の学校給食とのこと。
終戦直後、
深刻な栄養不足に悩む
日本の子供たちのために、
アメリカの民間団体(LARA)やユニセフから大量の脱脂粉乳が寄贈される。
1947年頃から都市部の小学校で、
パンと脱脂粉乳の給食が始まる。
当時は現在のように溶けやすく加工されておらず、独特の臭みがあった。
「鼻をつまんで飲んだ」
と言う世代も多い。
記憶に残る味となった。
1960年代半ばから、
日本の学校給食は変化し始める。
「脱脂粉乳」から「生乳(牛乳)」へと、
徐々に切り替わっていく。
息子の言いたかった歴史。
脱脂粉乳の!
以上…こういう事だと思う。
母はお節介に、
追加しておこう。
!脱脂粉乳!
今は、なくなったの?
いえいえ、
むしろ欠かせません。
パン、お菓子、ヨーグルト、加工乳などの原材料として活躍中。
更に、
機能性食品としても活躍中。
低脂肪・高タンパク。
この特性を活かして、
ダイエット食品や高齢者向けの栄養補助食品、さらにはスポーツ用のプロテインのベースとしても広く活用され続ける。
拍手(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾
本当は、
欠かせない食品という事。
なぜ昔は
「まずい」「記憶に残る」
と、聞くのか?
輸送中に酸化しやすかった。
お湯で溶かす際にダマになりやすい。
調理環境も整っていなかった。
残すことを許されなかった。
原因として、考えられているそうだ。
_φ( ̄ー ̄ )成程…
2026年現在の技術で、
作られた脱脂粉乳。
非常に溶けやすく、味もスッキリ。
敬意を払って
いきたいものです。
出来るだけ、息子のように
言い間違えが減りますように。
最後までお付き合い、
ありがとうございました!
この飲食店では、
こういう事が、起こりやすい。
いつもご馳走様です、マスター!
