分からせなくていい。(第二段)
数は、何の数か。
第一段目では
分からせるのを、やめた。
そうして相手から目を離したとき、
別のものが見えるようになった。
評価されていない人の投稿に、
手が止まった。
「これは残る」と思った。
理屈じゃなかった。読んだ後、しばらく動けなかった。そこに留まった。
数日経った後も読み返した。
それが答えだった。
けれど、その投稿にスキは少なかった。
同じ日、たくさんの人が「いい」と言うものが流れていった。
私には、全てではないが、
その良さがうまく掴めなかった。
私は、どちらにもコメントを置かなかった。置く言葉が、見つけられなかったからだ。
「いい」と思ったものに、言葉が出ない。
分からないものに、みんなが言葉を持っている。
その差が「何なのか」
考えていた。
今、作品が評価される場所の多くで、
スキの数が、
フォロワーの数が、
評価に入る。
noteに限ったことではない。
「数は嘘をつかない」と、多くは言う。
けれど、やはり思う。
その数は作品の質なのだろうか。
それとも、
その人がすでに持っていた、「人の数」なのだろうか。
もし後者なら。
私たちは作品を見ているのか。
それとも、人気を見ているのか。
私も正直、好きな有名作家の小説は
無条件に良さを探す。
「今回もいい」はずだと。
まだ誰にも知られていない人が、誰かの一生に残るものを書いたとして。
その人には、数がない。
数がなければ、見えない。見えないものは、たぶん選ばれにくい。
それは、選ばれなかったのだろうか。
それとも、
見えていなかっただけなのだろうか。
平等とは、何だろう。
スタートラインに立つ前から数を持っている人と、
たった今、最初の一行を書いた人。
同じ土俵だと、誰が言えるのだろう。
いつか、その瞬間にだけ
見えるものばかりが選ばれていったとき。
手元には、何が残っているのだろう。
それでも、私は書いている。
数のためなのか。
たぶん違う。
波が来るからだ。
書かないと、収まらないからだ。
書くことでしか、
私は私を処理できない。
だから、これも書いた。
分かる人には、たぶん、これも届く。
分からない人には、たぶん、届かない。
それで、「いい」。
