真面目だからね。
「真面目だからね」
そう言われたとき、
素直に喜べないことがある。
ある日、夫が突然、仔犬を買ってきた。
そこから始まった生まれて初めての
犬との生活。
命を預かる重大さも想像せず、ただ無邪気に
可愛がるだけの夫を前に、私は途方に暮れた。
仔犬とはいえ噛まれると血が出て、
ミミズ腫れになることもあり、
思ったよりも痛い。
加えて、あの独特の興奮状態。
すごいスピードで部屋中をぐるぐると
走り回る姿や、
飛びついてまで噛もうとしてくる姿は、
野生の獣に見えて怖い。
元来、私は慎重と言えば聞こえはいいが、
不安症なところもあり、
先のことを考え備えたいタイプだ。
なので、そんな姿を目の当たりにして、
どう向き合えばいいのか真剣に悩み始めた。
それに私と夫だけの問題ではない。
もし今の甘噛みが、成犬での本気噛みになり、
散歩中に他人や他の犬を噛んだら?
同居している認知症の母が噛まれて、
驚いて転倒して骨折したら?
賠償の問題。
高齢の母が骨折したら
寝たきりになる可能性。
そうなった時の責任は、
誰がどうとれるのだろうか。
そんな心配を、犬を飼っている知人に話すと
「うちも甘噛みとかあったけど、
1、2歳になれば落ち着くよ」
と励ましてくれた。
だが、不安や恐怖を抱きながらの1〜2年は、
あまりにも長く思えた。
それに、仔犬のうちにしつけをした方が
良いと聞くのに、
甘やかすだけの夫と、犬が怖い私では、
上手くできそうもない。
今のうちから何とかできないものか、
改めて知人に家の事情なども打ち明け
相談した。
彼女はとても親身になって
話を聞いてくれただけでなく、
犬友達にも意見を聞き、
私に寄り添ってくれたように感じた。
本当にありがたかった。
ただ、
その犬友の助言を転送してくれた
LINEの中にあった
「彼女は真面目なんだろうね」
という一言が、少しだけ引っかかった。
とはいえ、全く悪意の無いことだろうし、
気にしないようにして、そんな引っかかりは
流してしまおうと努めていた。
だが……
後日、夫と一緒に知人と会って
犬の話が出た時、その知人からも
「真面目だからね」と、さらりと言われた。
すると横にいた、
今回の悩みの発端を作った夫までもが、
「そう、うちの真面目なんですよ」と、
一緒になって、まるで他人事のように
笑顔で言い放った。
その瞬間、
先日のLINEの文面とあいまって、
私の笑顔は固まった。
胸の奥の引っかかりが、大きくなり破裂して
ほろ苦さが広がった。
真面目。
本来は良い意味の言葉だ。
誠実、責任感がある、
きちんとしている。
けれど時々、この言葉は別の意味を帯びる。
考えすぎ、気にしすぎ、
神経質、融通がきかない。
――私には、今回、そう聞こえた。
もちろん、これは私が勝手に感じたことだ。
言った側は、そこまで深く考えては
いなかっただろうし、
他人の心の中はわからない。
それでも、前後の文脈や表情から、
私が切実に悩んでいたことを
「そんなに深刻に悩まなくていいのに」と、
軽くあしらわれたような、寂しさを覚えた。
「真面目」という言葉で、
オブラートのように包み込んでいるけれど、
中身は、どこか苦い。
その苦さの正体は、
きっと「孤独」なのだと思う。
どれだけ言葉を尽くしても、
性格の問題に、あっさりとすり替えられ、
深刻さを共有してもらえない。
自分にとっては、目の前の現実に
ひたすら誠実に向き合っている、
それだけのつもりなのに。
ただ、
こんなことをあれこれ考えて、
こうして言葉に紡ぐ。
そういうところまで含めて、
私は「真面目」なのかもしれない。
