通販で買えないもの
最近、欲しいものがない。
ボクは元来、車にも時計にもあまり興味がない。
株式投資にもそれほど関心がない。
とはいえ、お金を使わなくなったわけじゃない。
本は相変わらず買っているし、Google WorkspaceやChatGPT、Claudeにも課金している。
欲しいものがないのにお金は使っている。
なかなか銀行口座の残高も増えていかない。
全く不合理な話だ。
「税金が高いんだよ!」
なんて毒づいてみたりするが、そうはいっても社会インフラや高度医療のため、それ以上に子供たちへの教育のためにも税金を払うのは止むを得ない…
会社のすぐ近くに小学校がある。
ボクがオフィスを出るころには、まだグラウンドで部活に勤しんでいる子供たちがいて、それが終わるのを待つ親御さんがいたりする。
子どもたちはわかりやすい。
今日をダラダラと過ごすか、それとも勉強するか。
ゲームに興じるか、部活に打ち込むか。
今日明日でその違いは見えてこないけれど、半年や一年後… 割と早いタイミングでその差は歴然となる。
勉強したその日に成果が出るわけじゃない。
それでも積み重ねた時間は消えないもんだ。
それは大人も同じなのかもしれない。
本を一冊読んだからといって、翌日から仕事が劇的に変わるわけではないし、AIに課金したからといって、すぐに成果が出るわけでもない。それどころか、その知識がいつ役に立つのかさえわからない。
それでもボクは本を買う。
それでもボクは新しいツールを試す。
若い頃に欲しかったもの… 車も家電もガジェットも、時間が経てば古くなる。手に入れた瞬間が価値のピークで、あとは少しずつ色あせていく。
一方、現在のボクは違うところにお金を使っている。
本を読む。
考える。
対話する。
そうしたものは、すぐには成果にならないが、長い時間をかけて自分の世界を広げてくれる。どうやらボクの欲しいものの対象は「減価償却するもの」から「複利が働くもの」へ変わっていたようだ。
ボクが本当に欲しいのは、本そのものではないのだろう。
本はいくらでも通販で買えるけれど。
