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【読書記録 -125】こころをひらく対話術

精神科医の仕事… それは、相手を変えることではなく、相手の話を聞き、その人自身が自分の問題に向き合うのを支えることなんだそうだ。

本書『こころをひらく対話術』の核となるのは「対話」という概念だ。対話とは、言葉を通じて双方が変化する営みを指す。だから、相手を説得することも、論破することも、本来の意味での対話ではないと言える。むしろ「自分の考えが変わる可能性を引き受けること」こそが対話なんだろう。


著者は、本書の中で「空気」や「世間」といった日本特有のコミュニケーション構造について持論を展開している。ボクたちは「空気を読む」という言葉をポジティブな意味合いで使うことが多いけれど、その「空気」で対話はできない

ボクは最近、2名の若い経営者のメンタリングを引き受けたのだが、だいたい最初のうちは「対話」にならない。ボクが一方的に経営論やマネジメント論を語り、相手はおとなしく話を聞く… いつもそんなところからスタートするもんだ。

もちろん、相手が黙っているのは納得しているからとは限らない。単に「何を話していいかわからない」こともあれば、「反論してはいけない」と感じていることもある。それを感じ取ることができず、調子に乗って上から目線になってしまうとメンター失格だ。

対話とは意見を一致させることではない。
違いがあることを前提に、お互いの理想や信念やを言葉にして、その違いを理解しようとすることだ。最初は自己開示から入るべきなので、当然ボクの理想や信念から対話はスタートする。あとは「啐啄同機」…相手が自分を開示したいと思うタイミングをじっくり待つしかない。

啐啄同機(そったくどうき」は、「最高のチャンス」や「タイミングがぴったり合うこと」を意味する禅の言葉です。語源は、卵の中で育ったヒナが外に出ようと内側から殻をつつく音(啐)と、親鳥がそれを助けようと外から殻をつつく音(啄)が一致する様子です。


本書の著者 泉谷閑示は、東北大学医学部を卒業後、精神科医として臨床に携わり、その後フランスへ留学している。

精神医学、哲学、文学、宗教思想…

本書にはそうした関心領域が自然に溶け込んでいる。
だから読み味は少し独特だ。

コミュニケーション本を期待すると哲学書に見える。
哲学書を期待すると人生論に見える。
人生論を期待すると組織論に見える。
そして読み終える頃には、自分との対話について考え始めている。

その越境性こそが本書の魅力なのかもしれない。

参考リンク集

・著者公式サイト(泉谷クリニック)

・Amazon『こころをひらく対話術』書籍紹介ページ


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