【読書記録 -70】乱読・乱談のセレンディピティ
思考を飛躍させる「乱読」と「乱談」
「本は身ゼニを切って買うべし」
「本は風のごとく読むのが良い」
本書『乱読・乱談のセレンディピティ』が勧めるのは「乱読」と「乱談」だ。好奇心に従って手当たり次第に本を読み(乱読)、自由に話し合う(乱談)ことで、創造的な発想や偶然の発見(セレンディピティ)を生み出す読書術・雑談術を説く指南書である。
著者の外山滋比古は、英文学者(お茶の水女子大学名誉教授、他)でありながら、その枠を超えて言語学や修辞学、エッセイ論など、幅広い著作を発刊した人物だ。

知識の化学反応
著者によると、本の読み方には2種類あるそうだ。
ひとつは「アルファ読み」だが、これはその本の内容について、読み手があらかじめその本に書かれている内容について知識を持っているときの読み方。もうひとつは「ベータ読み」で、こちらは読み手が内容や意味がわからない状態の読み方だ。
乱読ができる人は「ベータ読み」のできる人だ。
「アルファ読み」しかできない人は、自分の得意な一つのジャンルにしがみつく。そうなると、読者の成長は限られて、そのうち飽きてきて、本離れしてしまうのだ。
そして、乱読には失敗がつきものだ。
読んでみたものの、途中で挫折するようなことがしばしば起きる。だけど、失敗もまた学びの一つなのだ。
著者もこのように書いている。
化学的なことは、失敗が多い。しかし、その失敗の中に新しいことがひそんでいることがあって、それがセレンディピティにつながることがある。昔からケガの功名、というが、セレンディピティは失敗、間違いの功名である。
「乱談」は立体的なコミュニケーション
著者が勧めるのは「異種交流」だ。
同じ専門の人同士で議論すると批判的になりやすい。それは破壊的でもある。だから新しいモノの発見や創造に向いていない。
事前に準備された、計算された議論ではなく、あえてアドリブ的な雑談を交わすことが脳を刺激するのだ。それぞれ得意分野の異なる人たちが集まって雑談することが面白さにつながる。
面白さは知的発見の前触れだ。
こういった異種交流の雑談によって、自分一人では決して思いつかなかったセレンディピティが引き出されるのである。
そして著者は、三人で雑談することを勧めている。
ひとりの考えは、いわば点である。二人の話し合いは、線と面を作ることができるが、平面的であるのは是非もない。三人寄れば、立体的コミュニケーションが可能になって、点的思考や平面的思考では及びもつかない複雑、混然の豊かさをとらえることが可能になる。
参考リンク集
Amazon『乱読・乱談のセレンディピティ』書籍紹介ページ
