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【読書記録 -150】フロー体験 -喜びの現象学

QOLは何によって決まるのか

人生を豊かにするにはどうすればいいのだろう

お金を稼ぐことだろうか。
自由な時間を増やすことだろうか。
それとも好きな仕事を見つけることだろうか。

ミハイ・チクセントミハイ著『フロー体験』は、そんな問いに対して「意識の使いかた」という視点から答えを示した一冊だ。

「フロー状態」とか「ゾーンに入る」という言葉は、スポーツやビジネスの世界でも広く知られるようになった。しかし、本書は単なる「集中力を高める方法」を解説した本ではない。

本書は「人生の質(QOL:Quality Of Life)は何によって決まるのか」という問いについて、心理学の観点から考察された研究書である。

「幸福とは何か」を研究し続けた人物

ミハイ・チクセントミハイは、1934年にハンガリー領リエカ(現在のクロアチア)に生まれた。幼少期に第二次世界大戦を経験し、戦争によってそれまで当たり前だった社会や生活が崩壊していく様子を目の当たりにする。

戦後、ミハイは一つの疑問を抱いた。
「同じような苦境に置かれても、生きる希望を失う人と失わない人がいるのはなぜだろう。」

この問いが彼の研究人生の出発点となった。

十代でスイスへ移住したミハイは、ある日、ユングの講演を聴く機会を得る。当時の心理学は精神疾患の治療を中心に発展していたが、ユングは神話や宗教、芸術といった人間の創造性や意味の世界を語っていた。その講演に強い衝撃を受けたミハイは、心理学の道へ進むことを決意する。

ミハイはその後アメリカへ渡り、シカゴ大学で心理学の研究者となり、画家や音楽家、登山家、外科医、科学者、スポーツ選手などへの調査を重ねた。

すると彼らには共通点があることがわかった。
彼らは、報酬や名声のためではなく、活動そのものに深く没頭しているのである。

ミハイは、その状態を「フロー」と名付けた。
フローとは、能力と挑戦が釣り合い、注意が一点へ集中し、時間を忘れるほど活動に没頭している状態を指す。しかし、ミハイが本当に明らかにしたかったのは、フローという現象そのものではない。

人はどうすれば、より良く生きられるのか
その問いに対する答えとして、フローという概念を提示したのである。

その後、ミハイが1990年に出版した本書『フロー体験』は世界的なベストセラーとなり、教育、スポーツ、経営学など幅広い分野へ影響を与えた。さらに晩年は「幸福」や「ウェルビーイング」に関する研究に多大な影響を与えた人物だ。

ミハイは2021年に87歳で亡くなっているが、一貫して「生活の質(QOL:Quality Of Life)」を高める条件、つまり「人は何に幸福を感じるのか」という問いを追い続けた研究者だったのだ。

だから、本書の出発点は「幸福とは何か」という問いなのである。

フロー体験とは何か

さて、本書では、フローを「能力と挑戦のバランスが取れたときに生まれる最適経験」と説明している。

簡単すぎれば退屈になる。
難しすぎれば不安になる。
その中間にある絶妙な領域で、人は時間を忘れるほど没頭する。

本書では、以下のようなフローの特徴が紹介されている。
・明確な目標がある
・行動に対するフィードバックがすぐ返ってくる
・自分の能力と課題の難易度が釣り合っている
・行動と意識が一体化する
・自己意識が薄れる
・時間感覚が変化する
・活動そのものが目的になる

重要なのは、活動そのものが報酬になるという点だ。

「自己目的性」という考え方

キーワードとなるのは「自己目的性」だ。

仕事をすれば給料をもらう。
勉強をすれば試験に合格する。
運動をすれば健康になる。
つまり、多くの活動は「何かを得るための手段」として行われる。

しかし、自己目的性は「行為そのものが楽しい」と感じる活動だ。

①外科医の例。
多くの医師は、人を救いたい、社会的地位を得たい、あるいは経済的な成功を目指して医師になる。しかし優れた外科医は、やがて手術という行為そのものに喜びを見出すようになるという。

②著者の友人である音楽家の例。
幼い頃は嫌々ピアノを習っていた。しかしモーツァルトのオペラを聴いたある日、旋律の構造が突然見えた瞬間、音楽そのものに没頭するようになった。

自己目的な活動において、報酬は自分の外側になく、自分の内側で生まれる。結果ではなく、過程そのものが報酬になる。それが「フロー」なのだ。

フローは「善」ではない

しかし、ミハイは「フローは心理的エネルギーの状態であって、それ自体に善悪はない」と考えた。彼はフロー状態を「良いもの」と結論づけようとしたわけではなかったのだ。

ベトナム戦争から帰還した兵士の中には、戦場の極限状態の方が日常生活より充実していたと語る者もいた。犯罪者は、侵入や窃盗のスリルに没頭する。原子爆弾開発を率いたオッペンハイマーは、その研究を「Sweet Problem(魅力的な問題)」と表現した。それが「フロー状態」だ。

つまり、フローはその向かう先によっては創造にも破壊にもなり得る、強力なエネルギーなのだ。

重要なのは、何に没頭するかなのである。

人は「退屈」と「不安」の間で成長する

ミハイは本書の中で「フロー・チャンネル」という考え方を提示している。

能力が向上すると、これまで楽しかったことが退屈になり、逆に自分の能力を超える課題に挑戦すると不安になる。人はそのどちらかを調整しようとする。

退屈なら挑戦を増やし、不安なら能力を高める。
その調整によって、再びフローへ戻ることができる。
つまり、退屈も不安も失敗ではなく、成長のサインなのだ。

この均衡を何度も繰り返すことで、人はより複雑で豊かな自己を形成していくのだ。

豊かさと幸福は一致しない

本書には、二つの「逆説」が紹介されている。

ひとつは「自由時間の逆説」。
効率化が進み、経済的に豊かになると自由時間が増える。
そうすると、仕事が減って余暇が増え、人が幸せになるかと思えばそうではない。その時間を(テレビを眺めるような)受動的な行動に費やすと、フローはほとんど生まれない。つまり、QOLは高まらないのだ。

もうひとつは「仕事の逆説」。
サンプリングによる調査では、多くの人は余暇よりも仕事中の方がフローを経験している。にもかかわらず、多くの人は仕事を終えたいと願い、フローの少ない余暇を待ち望んでいるそうだ。その理由は、仕事は本来、目標が明確であり、能力が試され、結果に対するフィードバックも得られやすい構造だからだ。

結論、フローとは

人間の意識は放っておくと、不安や退屈、怒り、後悔、欲望などによって散漫になる。ミハイはそれを「心理的エントロピー」と呼んでいる。

人の「注意」という資源は限られていて、常に散漫になろうとする。それをどこに向けるかが重要なのだ。フローとは、その拡散した意識を一つの目標へ集中させ、秩序ある状態へ戻す技術のことを指すのだろう。

結論、重要なのは「意識の使いかた」なのだ。

参考リンク

・Wikipedia「ミハイ・チクセントミハイ」

・Amazon『フロー体験 -喜びの現象学』


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