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百聞は…

百聞は一見にしかず・・・・・・・・・

時は今から2000年ほど前、前漢の時代に「趙充国(ちょう じゅうこく)」という将軍がいた。

趙充国は、皇帝から羌族との戦い方について問われた際に「百聞不如一見、兵難遙度(前線から遠く離れた場所で戦略を立てることは難しい。自分が実際に現地に行き、見てから作戦を練る方が良い)」と答えたとされている。

敵である羌族はチベットをルーツに持つ異国の民族で、特殊な戦術を使うらしい。前線において苦戦を強いられていると伝令から報告を受けて、皇帝は趙充国に問うたのだ。

戦士には、ひとりひとりに戦う理由がある。
それは自分のため、家族のためといったパーソナルな理由かもしれない。武功を挙げてのし上がりたいと思っている者もいるかもしれない。場合によっては、世の中を変えたいという崇高な思想を持って戦っている人もいるかもしれない。だけど戦士は皆不安や恐怖に怯えながら、勇気を奮って戦っているのだ。

決裁権者が前線に赴くことには意味がある。
部下のエンゲージメントを向上させるために最も効果的な方法は、彼らの目の前に存在する「生理的欲求」と「安全の欲求」を満たすことだ。「承認欲求」や「自己実現欲求」をどう満たしてあげるかは、次の段階で考えればよい。

決裁権者は、まずは戦士たちの不安や恐怖を自分自身の肌で感じなければならない。何が足りていて何が足りないのかを自分の目で見て理解し、可及的速やかな対処をするべきだ。

現代においては、インターネットの普及によって世界中のいろいろな情報を「見る」ことができるようになった。そう、前線にいかずとも、ある程度・・・・精度の高い戦略を立てることが可能な時代だ。

だけど、前線で戦っている人たちの不安や恐怖を無視した戦略は、間違いなく功を奏さない。いくら緻密な戦略を立てたとしても、前線の戦士たちがそれを実行しなければ結果につながらないからだ。

だから将軍(決裁権者)は前線に赴かなければならない。時代に即した言い方に直すなら、百見は一訪にしかず・・・・・・・・・ だ。

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