ハーメルンの笛吹き
最近はコンプラ的なのがうるさくなって、どこに行っても一昔前のようなあからさまなパワハラ、モラハラ上司は少なくなった。
それは多くのマネージャーが、部下を直接的に否定しなくなったということだ。わかるようなわからないような婉曲的な表現を使って「あなたのやっていることは間違っている」と伝えるのが主流だ。今の時代はそうするしかないのだ。
その代わり、多くの会社が数字至上主義になった。
数字そのものにはパワハラもモラハラもないからだ。
今の時代、唯一直接的な表現が許されるのは数字だけなのだ。
数字で目標が示され、数字で結果を評価される。
しかし、たとえそれが納得いかない基準値であっても、理由が不明瞭な閾値であっても、それについて直接的に質問することは許されない。数字以外の部分は婉曲的でなければならないのだ。
だから、会社はeラーニングを乱発する。
eラーニングであれば、上司が不用意に直接的な発言をしてしまうことを防ぐことができる。当然、そのeラーニングには「婉曲的な表現」を学ぶためのコンテンツがたっぷりと含まれている。
そして、上司は部下との1 on 1を頻繁に行う。
その中で上司は部下に対して「私が婉曲的に表現をしているのだから、あなたも婉曲的な表現をするべきだ」ということを婉曲的に伝える。
その結果、会社全体に婉曲的な表現が蔓延し、数字だけが独り歩きするようになっていく。そして会社はゆっくりと、その数字が指し示す方向に進んでいく。
それはまるでハーメルンの笛吹きの寓話に出てくる子供たちのようだ。
子供たちは、自分たちがどこに向っているのかも知らず、ただ笛の音に釣られて盲目的に歩き続けるのだ。
ハーメルンの笛吹きの寓話にはいくつかのバージョンの結末がある。
その中の一つは、連れていかれた子供たちの中で、目の見えない子と口が利けない子が二人で協力して村に帰還し、起きたことを村人に伝えたというものだ。
目に見えていることだけが正しいとは限らない。
みんなが進んでいる方向が正しいとは限らない。
おかしいと思うことはおかしいと言おう。
行きたいところは自分で決めるべきなんだ。
