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【読書記録 -86】熟柿

熟柿(じゅくし)とは、熟した柿が自然に木から落ちるのを待つように、「焦らずに時機が来るのを待つ」「受動的に運命を受け入れる」という心境を比喩的に表現する際に使われます。転じて「熟柿主義」とは、政治や人間関係において、強引に物事を進めず、状況が整うのを待つ姿勢を指す言葉です。また熟柿は「晩秋」を指す季語でもあります。

純文学的だな…
読み終わってボクはそう思った。

正直、ボクはそんなに「純文学」と呼べる作品を読んできていない。読んだとすれば、夏目漱石とか芥川龍之介くらいだ。だからさほど正確に論評できないけれど、なんとなくそんな気がしたのだ。

本作の著者 佐藤正午は、1983年に『永遠の1/2』ですばる文学賞を受賞してデビューした作家だ。すばる文学賞は集英社が主催する純文学の公募新人賞だ。それを受賞した作家の多くが芥川賞を目指すらしい。

つまり、佐藤正午の出自は純文学なのだ。
が、本作『熟柿』は、2026年の本屋大賞で2位、そして第20回中央公論文芸賞を受賞している。これらの賞はどちらかというと大衆文学やエンタメ作品に贈られるものなので、書籍業界的に本作は純文学にカテゴライズされていないものと思われる。


ところで「純文学」ってなんだろう。

純文学とは、物語の面白さや娯楽性よりも、文章の美しさや表現の独創性、人間や社会のあり方を深く追求する「芸術性」に重きを置いた文学作品を指す。その特徴としては、「ストーリーの展開よりも、言葉の選び方や文体、人物の複雑な内面描写にこだわる」「人間とは何か、生や死、社会の不条理性といった、答えのない深遠なテーマを扱う」「明快なハッピーエンドや結末がないことも多く、読み手が作品をどう解釈するかが重視される」などが挙げられる。

な、やっぱりそうだ。

本作は、人の死や社会の不条理性をベースに物語が進んでいく。そして明確な結末はなく、読者の解釈に委ねられている。さらに「話し言葉」と「読点」を多用する文体がとても美しい。そこが純文学的だ。

だけど、ストーリーは面白い。
ストーリー構成は大衆文学的なのだ。

だけど、大衆文学的なスピード感はない。
本作は17年をかけて柿が熟していく様子を追っていく、とてつもなくゆっくりとしたロードムービーなのだ。

参考リンク集

・岩波書店 佐藤正午 特設サイト
・Amazon『熟柿』作品紹介ページ


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