見出し画像

模写

かのパブロ・ピカソは《他人の模写をするのは悪いことではない。むしろ必要だ。しかし自分自身を模写するようになるのは悲しいことだ。》という言葉を残している。

誰にとってもロールモデルの存在は重要だ。
その人のようになろうとすること、その人を超えようとすることによって、ボクたちは成長していく。そうやって他人の模写をしているうちに、自分の中に必勝パターンのようなものができてくる。

ダニエル・カーネマンは彼の著書「ファスト&スロー」の中で、「人間の思考には「システム1(速い思考)」と「システム2(遅い思考)」の2つがあると書いていた。

システム1は無意識下で自動的に働く思考を指す。つまり経験に基づく判断や直感だ。脳への負荷を最小限に抑えることができ、連想的なパターン認識によって、与えられた状況から瞬時に意味や目的を見出すことができることが有意点だ。

一方、システム2は計画的で分析的な思考だ。それは意図的に思考力や注意力を稼働させなければならないので脳への負担が大きい。しかし、システム2は(直感や感情に頼る)システム1の判断ミス(認知バイアスやヒューリスティックなどによる誤認)を、論理的に精査するので、時間はかかるが正確で適切な結論にたどり着きやすいという特性がある。

ピカソは1881年にスペインのアンダルシアに生まれ、生涯に14万7,800点もの作品を残している。彼は何度も画風をガラッと変えていて、若い頃は写実的な絵を描いていたが、変遷を繰り返して「シュールレアリズム(超現実主義)」に辿り着いたのは40代半ばだ。

ピカソは模写の重要性を知っていた。
おそらく、彼が残した作品数以上の模写をしたはずだ。それは彼の模写を肯定する発言に裏付けられている。彼は模写が自身の「システム1」の強化につながることを知っていたのだろう。それが彼の多作の源だったはずだ。

しかし、ピカソは模写だけで満足しなかったんだろう。だから、彼は「自分自身を模写するようになってしまったら終わりだ」と言っている。彼が何度も画風を変えてきたのは、ある分野でシステム1が一定以上に達したら、システム2に移行して自分の満足のいく作品を生み出し、そこからまた違う分野のシステム1にチャレンジするということを繰り返していた証だと思う。

ボクらも新人の頃は、ひたすら誰かの模倣をしてきたものだ。それができない人は成長しないし、成長しなければ成功もしない。しかし、その模倣した技術である程度のお金が稼げるようになると、誰もがなんだかスッと仕事が楽になる。いわゆるコンフォートゾーンに入るのだ。

そこで満足するか、それとも新たな「模写」にチャレンジするか。それを決めるのはあなた自身だ。

…ちなみに、ピカソがあの「ゲルニカ」を描いたのは1937年、彼が56歳の時だ。そしてピカソは1947年(66歳)頃から陶芸家としてのキャリアをスタートさせている。

いいなと思ったら応援しよう!