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笑顔という生存戦略

2023年、冬。
病院での慌ただしい日常からやっと離れ、一人で台北へと向かった。
旅行に向かう時はいつも、今回はどんな新しい気づきがあるのだろうかと、心がルンルンしている。

空港の威圧的な入国審査員に対して笑顔で対応し、台北の大地を踏んだ。
カフェで現地の優しそうな店員に注文をしながら、笑顔でになっていた。

ふと、疑問が湧く。
不安や緊張の場面も、楽しい場面も、「笑顔」になるのはなぜか。
なぜ、世界中の人が、赤ん坊でさえ、似た形の笑顔を交わすのか。
その根底には笑顔の本質が眠っているのでは?

1日目の終わり、ホテルに着いて、調べてみる。

実は、笑顔のルーツには「喜び」だけでなく、「宥和(ゆうわ)」の機能があるみたいだ。霊長類は、自分より強い相手に出会うと、歯を見せて口角を引く傾向がある。これは「私はあなたを攻撃しません」というサインで、我々ホモサピエンスの笑顔も、この「非攻撃の合図」に由来すると考えられているようだ。

その時、偶然にも小学生時代の思い出が蘇った。
体罰教師として恐れられている先生(体育教師)が恐ろしい目で教室中を見渡した時、友人の何人かが「笑顔」になっていた、そんな記憶。

その笑顔はいつもの笑顔とはどこか性質が違うということ、
みんな心地よくて笑っているわけではないこと、
それを私は子供ながらに理解し、違和感を感じていた。

あれは、当時支配的に見えた存在に対して、
弱い子どもたちが無意識的に取っていた宥和の表現だったのだ。

大人は、子供たちにあの残酷な笑顔をさせてはいけない。


話が逸れてしまった。

次の疑問。
ではなぜ「この顔」が「私はあなたを攻撃しません」の意になるのか。

理由のひとつは、身体の設計にある。
威嚇や警戒の表情は、「目は見開かれ、筋肉は硬く緊張する」。
相手の挙動を視覚的に捉え、攻撃する準備のためである。

一方、笑うときにはその逆が起こる。
「目は細まり、頬が上がり、口角が柔らかく引かれる」。
この緩やかな筋の動きは、緊張や攻撃のそれと逆なので、見る側にも「無害」な印象を与えるのだ。

言い換えれば、笑顔は「私は攻撃体制ではない」、
そして「あなたを受け入れています」という
二重のメッセージを同時に伝える仕組みなのだ。

赤ん坊の微笑みは、その最も原始的な例だ。
生後まもなく、おおむね数週のうちに現れるその笑みは、
世話をする大人の注意と愛情を引き出し、関係を育てる。

旅の帰り、出国審査を抜け、
温かいコーヒーを手にベンチに腰を下ろした。
思えばこの旅のあいだ、私は見知らぬ人たちと笑顔を交わすことで、
一つずつ小さな契約を結んでいたのだ。

「お互いが安全な存在であると信じ合いましょう」

言葉の壁が厚い異国だからこそ、
笑顔の持つ非言語的な力は計り知れない。

笑顔とは人類が長い時間をかけて築き上げた、
最も穏やかな生存戦略なのかもしれない。

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