高齢者への偏見が消えたとき、私は生きがいを見つけた
私は家事支援という仕事をしている。
あまり認知度は高くないかもしれないが、高齢者の自宅を訪問し、掃除などの家事を行う仕事だ。
高齢化が進み介護職員が不足する中、介護職の負担を減らすために生まれた仕事でもある。特別な資格は必要なく、市の研修を受けることで働けるようになる。
私も研修を受け、気づけば1年半ほどこの仕事を続けている。
実は私は昔から仕事が長続きしないことが悩みだった。転職を繰り返し、自分に自信が持てなかった。
だからこそ、この仕事を1年半続けられたことは私にとって大きな意味がある。
ところで、「高齢者が好きだからこの仕事をしているのですか?」と聞かれたら、少し困ってしまう。
なぜなら、昔の私はむしろ高齢者に対して良い印象を持っていなかったからだ。
高齢者は税金をたくさん使っている。
景気の良い時代を生きてきて羨ましい。
そんな思い込みを持っていた。
今思えば完全な妬みだった。
高齢者=悪。
そんな極端な考え方を、どこかでしていたのだと思う。
その考えが変わったのは、市役所で働いた経験だった。
私はコロナ禍の時期に地元の市役所で働いていた。そのとき、高齢者と関わる部署にお世話になった。
もちろん中には対応が難しい人もいた。
でも実際に接してみると、それ以上に親切で温かい人がたくさんいた。
そこで初めて、自分の無知を恥ずかしく思った。
高齢者をひとくくりにしていた自分は、若者を一括りにして批判する「老害」と何も変わらないのではないか、と気づいたのだ。
そうして少しずつ偏見が薄れていった頃、家事支援という仕事に出会った。
実際に働いてみると、この仕事は思っていた以上に自分に合っていた。
部屋が綺麗になると利用者さんが喜んでくれる。
「ありがとう」と言ってもらえる。
ただ掃除をしているだけなのに、その人の生活を少し支えられている気がする。
そんな瞬間にやりがいを感じる。
高齢者への偏見がなくなったことで、私自身も少し生きやすくなった気がする。
人を勝手なイメージで判断しないこと。
それは高齢者だけでなく、若者にも、自分自身にも言えることなのかもしれない。
ただし、現実は綺麗事だけではない。
高齢者への偏見がなくなったことで、私自身も少し生きやすくなった気がする。
しかし、家事支援の現場は決して綺麗事だけではなかった。
ここから先は、私が1年半働く中で経験した「現場のリアル」について書いていこうと思う。
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