【アマノ文筆クラブ】無茶ぶりはやめて
毎週の部門会議。
それぞれのプロジェクトの進捗報告が行われる。
部員8名全員が会議室の席に収まると、最後に部長が会議室の椅子に滑り込んだ。
端正な横顔と、静かに整えられた動作。
部長が口火を切る。
「お疲れ様です。じゃあ…始めていきましょうか」
声は抑えられているのに、不思議と場の空気が引き締まった。
「発言する人は…」
言葉を切る部長の表情に、部屋の空気が緊張する。
「今日イチ、いい声で報告をお願いします」
言葉にならない、溜息でもない、張り詰めた緊張感を8人で吸い尽くそうとするような、深呼吸にも似た音が響く。
毎週恒例の部長の無茶ぶり。
ただ、その場で吹き出す者も、「勘弁してくださいよ~」と突っ込む者もいない。
「はい」
全員が、自分なりの「今日イチ、いい声」で返事をした。
「では、データ連携からお願いします」
「……はい、お疲れ様です。データ連携基盤の移行ですが、予定どおり完了しました。既存システムとの接続テストも問題なしです。追加事項としては、ログの取得範囲を少し広げました。以上です。」
いつもより二段階低い声。
今日イチ、いい声として問題なかった。
「じゃあ次、RPA行きましょうか」
「はい。経理部門のワークフロー、想定どおり動いてます。ただ、PDFの読み取り精度がまだ少し甘いので、改善を進めます。
以上です。」
いつもより張りがあって、透明感を感じる声。
今日イチ、いい声といっていいだろう。
「そしたら…、ポータルアプリの方は進捗どうですか?」
「ポータルアプリの改修ですが、えー、デザイン部分の反映は終わりましたがぁ~…」
不安定な声色に、部屋の空気が震え始める。
「新しい認証機能のテストがはぁ」
最後の「が」で声が裏返った。
失敗。
こらえていた全員の笑いが、一気にはじける。
部長も顔を赤くして笑っている。
「はい、井上君。失敗したんで、今日1日いい声で過ごしてください」
「えぇ~、ほんとに無茶ぶりやめてくださいよぉ~」
失敗した井上は、ひっくり返った声のまま、泣き笑いしながら崩れ落ちた。
笑ってはいけない部門会議。
先週は「報告の最後に、最近食べておいしかったものをつけてください」という無茶ぶりで、報告しながら笑ってしまった中原は、その日1日文末に「…以上です。餃子」とつけて過ごしていた。
毎週の部長の無茶ぶり。
行くところに行けば、「○○ハラです!」と告発されかねないっていうことは、全員が認識している。
でもこの環境を面白がれる人となら、いい仕事ができるんじゃないか。
みんながなんとなくそう信じている。
おわり。
こちらのお題企画に挑戦してみました。
今回も楽しかったです!
