【アマノ分筆クラブ】これっきりですか?
「これっきり、ですか?」
震える手から渡されたヨレヨレの茶封筒の中には、1万円札が6枚。
2度確認したが、6万円。
「は、はい…」
しょぼくれた男だ。
年季の入った板間に正座して、玄関先で見下ろす俺の目を見ようともしない。
この角度からは薄くなった頭頂部が丸見えだ。
もはやそれすら、見慣れた景色でもある。
「本当に? これっきりですか?」
さっきよりも凄みを効かせた声で尋ねる。
「あ、イヤ、あの…」
「ありますよね? 全部出したほうが身のためですよ」
畳みかけるような言葉にはじかれたように男は立ち上がり、半ば転げるような勢いで奥の部屋に駆け込み、そして戻ってきた。
土下座のような姿勢で、別のヨレた茶封筒をささげ持つ。
乱暴に奪い取って中身を確認した。
3万円。
わざとらしく深いため息をつけば、男はまたビクリとする。
律儀すぎる反応だ。
「もう一度だけ聞きますけど、これで最後ですよ。本当に、これっきりですか?」
「あ、う、はぇ…」
もう言葉にすらならない。
さっきの茶封筒と同じくらいヨレヨレの作業着の胸ポケットから、ズボンの前ポケットをまさぐり、最後に手を突っ込んだ右のケツポケットで手が止まった。
再度差し出されたその手には、キレイに折りたたまれた一万円札が握られていた。
「まったく…。最初から全部そろえておいてくださいよ、めんどくさい」
「あ、す、すみ、すみません…」
「はい。では今月もきっちり10万円。頂戴いたしました、と」
ヨレた茶封筒2つと、裸の万札。
まとめて自分のビジネスバッグに突っ込む。
くそっ。
何をやっているんだ、俺は。
こんなことをするために、弁護士になったんじゃない。
「あぁ、はいぃ…、ご面倒をおかけします。来月も何卒…」
まったく。
こっちの気も知らずに、絶妙すぎるタイミングで、逆なでするような言葉を投げつけてくる。
言いながら男は、あろうことかこちらをうかがうように、目線を上げた。
視線がぶつかる。
イヤな表情だ。
媚びる、へつらう。
こちらの機嫌をうかがうような、奇妙な笑顔だ。
「もうこれっきりにしましょうよ、こんなこと…」
突然、すべてがどうでもよくなって、口が勝手にそんな言葉を吐いていた。
自分でも驚くような、子どものような声だった。
一瞬の間。
「そんなこと言うなよ~!!! 父さん、毎月これが楽しみなんだからさ~!」
勢いよく立ち上がって、俺の両肩を揺さぶる。
「勘弁してよ、俺だって暇じゃないんだから。ビンテージレコードのネット決済ぐらい、自分でできるでしょ?」
「ムリムリ~、父さんそういうの苦手だって知ってるだろ?」
「秘書の立花さんにでも頼んでよ」
「そんなの、公私混同だって怒られちゃうよ~」
そういうところは、上場企業の役員らしいこと言うんだな。
「っていうか、その作業着どうしたの?」
胸のポケットには、聞いたことのあるような工務店の社名の刺繍まである。
「雰囲気出ていいだろ? 付き合いのある工務店の社長さんが、破棄予定のヤツ、くれたんだよ~」
嬉しそうに、満面の笑顔でクルクル回るな。
「頼むから、それ外で着ないでくれよ。なんかあったら詐欺行為にもなりかねないからな」
「そんなことはしないよ! 父さんだって、他社の作業着きてたら背任行為で訴えられちゃうじゃないか!!」
その時は、ぜひ誰かほかの弁護士をあたってくれ。
今回はこちらのお題企画に挑戦してみました。
楽しかったです!
