建築探訪07:豊島美術館で、中国人建築家は涙を流した──言葉にできない建築体験について
経済成長を続けるアジアの国々で好まれるのは「強くて巨大な建築」。しかし、香川県の豊島美術館(設計:西沢立衛)で彼らが見せた反応は、私の予想を裏切るものでした。
数百人の建築関係者を案内する中で目撃した「涙」の理由とは何か?
今回は、豊島美術館が持つ「普遍的な感動の構造」について、私なりに考えてみました。ただし、完全には言語化できない何かが、そこにはありました。
涙を流す建築家たち
夕食後、参加者が輪になって「今日はどこが良かったか」と話をしていた。その日、私たちは近畿から中部地方までの現代建築や寺社仏閣など、著名な建築をいくつも回った。安藤忠雄氏の建築、妹島和世氏の建築、隈研吾氏の建築、そして豊島美術館。
ひとりの中国人建築家が「豊島美術館は良かった」と、体験を思い出しながら語り始めた。そして、涙を流した。
これは2018年から2019年にかけて、私がアジアの国々(参加者の約8割は中国人)の建築関係者を案内したツアーでの出来事。合計7回、数百人ほどを案内したが、豊島美術館ではこのような場面が何度もあった。
ディベロッパー、設計士、施工関係者、その他建築を学びたい人たち――世界中の建築を見てきた彼らが、なぜ豊島美術館で涙を流したのか。
そこには、文化や経済状況を超えた、建築の本質的な何かがあった。
水滴が「生きている」
豊島美術館の体験は、言葉にするのが難しい。何もない外と変わらない空間に、水滴がワチャワチャしている。
あえて擬音で表現するなら、こうなる。
ぷくぷく、コロコロ、みちゃ、ミチャチャ、のび〜〜〜ん、だばーーーっ、すんっ。
わけのわからない擬音を多用してしまったが、この空間で起きている現象を言葉にするなら、こんな感じ。
一粒の水滴が生まれ、コロコロと流れていく。見た目は角のないスライムのような丸っとした存在だ。普段目にする水滴とは異なり、べっちゃりと床に接する形ではなく、水滴が丸っと独立したような姿。まさにスライムのように。

水滴は床の勾配に従って、ゆっくりとコロコロ流れていく。流れていくと、近くをコロコロ流れる別の水滴と合流し、一体となる。一体となった姿は、体積が増えた分、個性が生まれる。球体を少しつぶしたような形から、アメーバのように少し複雑になっていく。
勾配に向かって伸び縮みするアメーバとなり、のび〜〜〜っと伸びたり、追いついて形が潰れたり、ウニョウニョと下っていく。だんだん合流する水滴が増えると、細長い流れの塊になる。この時には、さらに個性的な細長いウニョウニョアメーバとなる。
最後には、もっとも低い位置に水滴が集まり、溜まった池へ合流する。小さな水溜まりではあるが、直径数ミリの水滴と比較すると海のごとく広い。
水そのものに、命が宿っている。
その軌跡をただただ追いかける。また、次の水が誕生し、それを追いかける。ほとんどの人は会話もせず、静かに水が生まれ、少しずつ個性を伴い成長し、大海(小さな水たまり)へ溶けていくまでを目で追う。ごく短い時間で生き物の一生を見届けるような感覚。そして、どの水滴も少しずつ異なるため、それぞれ別のストーリーを思い浮かべたりする。
あなたは建築の中で、水を「生きている」と実感したことがありますか?
文化を越える建築、越えられない建築
2018年から2019年にかけて、私は興味深い体験をすることになる。アジアの国々の建築関係者が日本の建築を学びにくるツアーで、一緒に回り説明する講師を務めたのだ。
このツアーはバスで移動するのだが、移動時間は参加者がそれぞれ前に立ち、マイクで観た建築の感想や自身の仕事について最低でも数十分は語る。(多くの日本人は前に出て話すの苦手だろうな~と思ったり)
その中で、面白い共通点があった。
安藤忠雄氏の建築には、ほとんどの人が感動したと言う。力強いコンクリートの壁、明確な幾何学、光と影のドラマティックな演出。これらは、彼らの心を確実に掴んだ。
一方、妹島和世氏の建築には、かなりの参加者が「よくわからん」と口を揃える。日本では非常に人気が高い妹島建築なのに。透明性、軽やかさ、環境との曖昧な境界――これらの価値は、文化的な文脈を理解していないと、その真価が伝わりにくいのかもしれない。
簡単に説明すると、経済が右肩上がりの中国では、他よりも強い建築が求められる。力強さ、明快さ、存在感。それらは成長する都市に必要とされる建築的性質だ。しかし、経済が成熟した日本では、市民に平等に開く建築、環境に溶け込む建築、謙虚な建築が好まれる傾向がある。
この違いは、建築が社会の鏡であることを示していて、なかなか興味深い。建築評価の文化相対性を、私はこのツアーで何度も目の当たりにした。
しかし、西沢立衛氏設計の豊島美術館だけは違った。
豊島美術館についてはみんな感想が長く、深い。言葉を選びながら、あの不思議な体験を言語化しようとする姿が印象的だった。そして冒頭で述べたように、体験を思い出し涙を流す者もいた。
これほど感動を与える建築は、なかなか無い。文化や経済状況を超えて、人々の心を揺さぶる建築。それは、いったいなぜなのか?
涙の理由――普遍性と極限のシンプルさ
なぜ、彼らは涙を流したのだろうか。 いくつか理由を考えてみた。
もしかしたら、これらは後から付けた理屈かもしれないが。
1. きわめて原初的なシェルター機能のみの建築であること
豊島美術館には、通常の美術館にあるべき要素がほとんどない。壁がない。柱がない。仕切りがない。照明もない。空調もない。窓もない。天井に開いた2つの孔から、外部環境がそのまま内部に流れ込む。この建築は、窓という概念すら持たない。孔が開いた外部空間なのだ。
あるのは、巨大な白いシェルと、天に開いた2つの孔だけ。
これは、建築の最も原初的な形態――「屋根」だけの存在に近い。人類が最初に求めた建築機能は、雨風をしのぐシェルターだったはずだ。豊島美術館は、そこまで遡ったような建築なのだ。
装飾も機能も削ぎ落とされた先に、建築の本質が見えてくる。

左端の出っ張ったところが入口

2. 水という普遍的な素材が、生命として存在すること
内藤礼氏の作品「母型(Matrix)」は、床から湧き出る水が主役だ。しかし、この水は単なる「展示物」ではない。建築空間と一体となって、まるで生命を持っているかのように振る舞う。
豊島美術館では、「水」が普遍的な素材として機能している。
人は体の6〜7割が水から成る。水は生命維持に必要不可欠な存在だ。世界中の誰もが必要とし、誰もが知っている。
その水に、全く新しい表情を与えた。水滴ひとつひとつにドラマがあり、それぞれが異なるストーリーを紡いでいる。私たちは、その一生を見届ける。
この体験は、文化を超えた普遍的な感動を生む可能性を持っている。
3. 極端にシンプルな空間であること
海外で仕事をすると、「日本=シンプル」とよく言われる。日本では当たり前のシンプルさが、海外から見ると極端に映るらしい。
豊島美術館は、その「日本的シンプル」を極限まで推し進めた建築だ。日本人でさえ驚くほどに。
シンプルだからこそ、すべてが浮かび上がる。風の流れ、光の変化、水滴の動き。何もないことが、すべてを見せる。
豊島美術館では、日本的解釈での環境との一体感や、狂気的なシンプルさによって、日本人である私たちでもシンプルさに驚く。それが海外の人から見ると、より一層驚くのではないだろうか。
シンプルであるため、すべての環境や挙動が浮かび上がる。ホワイトキューブの展示室で、中央に置いた美術品の存在が際立つように、このシンプルだからこそ引き立てるという構造が、自然環境に対して機能している。
これ以上ないほどシンプルな建築とアートが、環境に溶け込むと同時に、異質なものとして存在する。現地では環境と一体的に感じてしまうのだが、一体化していると同時に、かなり異質で見たことのない空間が目の前に存在している。このパラドックスが、人々を混乱させ、そして深く感動させるのだ。

風が吹けば、開口部から風が入り込み、空間全体に流れる。光が差し込めば、白い床がその明るさを反射する。雲が動けば、開口部から見える空の色が変わる。鳥が鳴けば、その声が響く。
建築は何も語らない。ただ、そこにある。だからこそ、環境が語り始める。
4. サイトスペシフィックな体験の強度
豊島は小さな島だ。そこへわざわざ訪れる動機をつくることは、想像以上に難しい。スマホの情報で経験できる以上の、しかも圧倒的な「訪れなければわからない体験」を提供する必要がある。

自転車で走るととても気持ちがいい
観光において、他を圧倒するブランド価値を生み出すには、極端であることがしばしば重要だ。豊島美術館は、その場所でしか体験できない、サイトスペシフィックな作品として計画されている。この建築とアートは、豊島以外では成立しない。
直島の成功も、同じ文脈にある。シンプルさが、世界中の人々を引きつけている。 豊島美術館は、その一歩先を行っているように思える。
私たちにとって当たり前のシンプルさや美意識は、非常に日本的な文化を伝える固有性となっている。そして、豊島美術館はその極致と言えるだろう。
「涙」の理由は、まだ完全には掴めていない
4つの理由を書き出してみた。原初的なシェルター、普遍的な水、極端なシンプル、サイトスペシフィックな体験。
でも、正直に言えば、これらは後から付けた理屈かもしれない。
あの夕食後の輪の中で、彼が涙を流した瞬間──あれは、私が書いた4つの理由で説明できるものだったのだろうか。
もしかしたら、もっと単純なことかもしれない。何もない空間で、ただ水を見つめる時間。それだけで十分だったのかもしれない。
あるいは、全く別の理由があるのかもしれない。
豊島美術館を「成功事例」として分析することはできる。コンセプトの徹底、普遍性の探求、体験の強度──確かにそれらはある。
でも、涙の理由を完全に言語化できたとは思えない。
言語化しようとした途端、こぼれ落ちるものがある。建築には、そういう部分が必ずある。
もしかしたら、「涙」は理解したから流れたのではなく、理解できないから流れたのかもしれない。
次に豊島を訪れたとき、私は何を見るだろう。あの水滴のコロコロを、また別の角度から見られるだろうか。
そして、自分のプロジェクトで「涙」を生み出せるだろうか。それは、方法論では掴めない何かのような気がしている。
この記事についてのご意見や、あなた自身の豊島美術館体験があれば、ぜひコメントで教えてください。
