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建築探訪02:重力を忘れた建築—飯田市小笠原資料館「軽さ」の衝撃

豊島美術館のことを書こうかなと思っていたら、そういえば学生の頃に行った、とても衝撃的な建築を思い出しました。

長野県飯田市にある飯田市小笠原資料館。妹島和世さんと西沢立衛さんによるユニット「SANAA」による建築で、1999年にオープンしました。





「思ってたんと違う」という衝撃


当時、建築学科の学生だった私は、ゼミ旅行で現代建築を見てまわっていました。原広司設計の飯田市美術博物館やマリオ・ベリーニ設計のリゾナーレ小淵沢(現在の星野リゾート リゾナーレ八ヶ岳)、長谷川逸子設計の山梨県笛吹川フルーツ公園など。

その中で「なにこれ!!!」と最も衝撃を受けたのが、この飯田市小笠原資料館でした。

バスで向かったのですが、立地はかなり山の中だったはず。のどかな風景をしばらく進むと、山の麓、道路よりは少し小高い丘に建っていました。

白っぽい帯状のものが飯田市小笠原資料館

雑誌で何度も見ては「かっこいいな~」と事前に調べていたのですが、現地に到着すると頭に浮かぶのは「???、思ってたんと違う・・・」。

淡い水色に発光するプレート」が山の斜面にペチャっとくっついたような佇まいでした。

「軽い建築」をテーマとされているのは知っていたけれど、軽いを通り越して、浮いている。いや、浮いているというよりも、むしろ立体感すら無い。重力は上から下向きなのに、そこだけ重力が手前から奥に向かってあるから斜面から落っこちないんじゃないだろうか?と思うほど存在感がヘン。これは現代アートで、本当は特殊な紙みたいな軽いものなのではないか??

今こうして思い出し、改めて書いてみても、何言ってんだ?と自分で思います。

でも当時は本当にそう思ったんです。学生の頃よりは今の方がボキャブラリーが増えたので、次はもう少し詳しく書いてみます。



構造が語らない、異常な軽やかさ


この建築は水平方向にものすご~~く細長い。そして、たった四本足で地上から浮かんでいます。しかも、柱は四隅ではなく、内側に入っているので、両端は片持ちで突き出している。細長い建築全体がほんのわずかにS字カーブを描いています。僅かすぎて、正面からはカーブしていない印象なのですが。

わずかにS字カーブしている
2本の柱、両端は片持ちで突き出ている

そんな、細長く重い物体を柱4本で支えていると、普通の建築ならばものすごく「ドヤ感」を出してきます。

「こんなに構造的に無理しても建ってるなんて凄いやろ!」

と全身から語り掛けてくる。
そして、そのダイナミックさをアピールするようなデザインをします。

この建築も脚(4本の柱)がプルプルと震えそうなくらい、構造的には頑張っている建築。それにもかかわらず、軽いなんてもんじゃない。「浮いてますけど何か?」という涼しい顔。この落差が衝撃的でした。



建物がガラス板になる


最初に見た印象を「淡い水色に発光するプレート」と書きましたが、ガラスという素材感の印象とも違いました。

普通の大開口の窓は、部屋の奥が暗いため、ガラスが全体的に黒っぽかったり、もしくは空を反射しています。

でもこのガラスは、全体が明るく淡い水色。実際はガラスに模様をプリントしています。建物に窓ガラスが開いているのではなく、「建物=ガラス板」に見える。

建物全体が浮かんだガラス面に見えるようなディテール

細長いヴォリュームの端から端まで、そして浮いている建築頂部から下部まで全てにおいてガラスだけが見えるディテールに。そして、それ以外の外観は黒っぽい色をしているので、ガラスだけが異常に際立っています。

そのため、立体の細長い直方体ではなく、平面の薄く長いガラスプレートだけが浮かんでいるように見えるんです。



偉そうにしない建築


ここからは少し、当時の時代背景の話です。

この建築を理解するには、1990年代後半という時代を知る必要があります。バブル崩壊後の建築界が大きな転換点を迎えていた時期でした。

バブル期には、お金をかけた豪華で派手な建築に溢れていました。世界中から著名建築家やデザイナーを集め、企業はこぞって建築を建てさせる。ポストモダンと呼ばれる建築が流行し、今でいうところの中国や中東のような実験場でした。

そして、そのアンチを唱える「清貧の思想」のような建築や地域に根差した建築などがそれらに対抗していました。

しかしバブル崩壊後、豪華な建物は「ハコモノ」呼ばわりされ、市民からは無駄遣いの象徴として嫌われるようになります。

妹島さんは、権威的で威圧的、豪華な建築とは全く異なるアプローチで、また、清貧や回顧主義とも異なる「偉そうにしない建築(あらゆる主張を排除した透明でフラットな建築)」を作ります。ヒエラルキーの無い建築やフラットな建築、開かれた建築などの先駆けです。透明性が高く、どの部屋も等価に扱い、表裏もない建築です。



賛否から普遍へ—新しい価値観の誕生


学生の時には、そんな妹島建築は賛否が激しかった。年配の人ほど批判していたように思います。

「模型を大きくしただけ」「ディテールがボロボロ」「空間性が無い」など、大学の先生たちは否定的意見が多かった。

一方で、学生には人気がある。若い世代の建築家にも人気がある。そんな印象でした。

若い世代の人たちは、当時のハコモノ批判を肌で感じながら、建築の在り方がもっともっと市民に開かれるべきだと直感的に感じていたのではないか。そして、フラットで市民に開かれた公園のような妹島建築に共感を覚えていたのではと思います。

今では妹島和世+西沢立衛/SANAAは世界トップクラスの建築家です。プリツカー賞を受賞し、世界中で設計を手がけている。当時の批判が嘘のようです。

でも、トップになる建築家というのは、最初からみんなに受け入れられ称賛されたわけではない。むしろデビュー時には批判も多い。それだけ新しい価値観を提示してきたということ。

それを経て、多くの追従者が生まれ新しい普通となる。今、小笠原資料館を見ると、当時ほどの驚きは無いかもしれません。それは、多くの人が思想に共感し、追従した結果、見慣れた風景となったということなのでしょう。

もし「何コレ!?」と思う建築に出会ったら、もしかしたら後に新しい普通となる建築かもしれませんね。

金沢21世紀美術館もSANAA建築ですが、いつ訪れても子供が走り回り、賑わっている美術館の姿に、SANAAの建築が社会に浸透していることを感じます。



建築が消える場所で見えてくるもの


私にとって飯田市小笠原資料館は、「建築とは何か」を問い直させた原体験のひとつでした。建築は重力に抵抗し、強い空間性を誇示し、物質性を主張するものだと思っていた。

ですがこの建築は、重力を忘れたかのように軽やかで、構造を語らず、物質性を消し去ろうとしている。

物質性が消えようとした建築からは、社会に求められる新しい建築の在り方が見えていました。



「わけのわからない衝撃」の価値


学生時代に衝撃を受けた建築のことを書きましたが、この「わけのわからない衝撃を受けること」が、実際に仕事をする上でものすごく重要になると年々実感します。

建築の設計部のデザインコンサルティング(デザインの指導など)をさせていただいたり、建築学生にデザインを教えていると、このような「圧倒的な空間体験」を全然していない人がいます。

そういう人は残念ながらあまり上手にならない。

例えるならば、めちゃめちゃ美味しい料理をつくりたい!と料理人を目指しているのに、チェーン店やコンビニの料理しか食べたことがないようなもの。
チェーン店やコンビニを美味しくないと批判しているのではなく、美味しさの幅を経験していない。世界に存在する美味しいの上限も幅も非常に狭いということ。

そういう人は空間に驚いたり感動した経験がないため、最初から空間が人を感動させることを知らない。
感動させる上限が低いため、デザインしている自分自身が自分のデザインを信じていない。

私の経験には、人生観が変わるような建築に何度も出会ってきました。それがあるからこそ建築にはいろいろなことが出来ると信じることが出来るのだろうと思います。

今、その圧倒的な経験が出来る場所のひとつが大阪関西万博。終わってしまいましたが。
先日書いた安藤忠雄設計の大阪府立近つ飛鳥博物館も同様です。建築の屋外通路がタイムマシーンとして機能する。そんな空間に驚きました。

建築探訪をコスパでいうと、何百、何千と建築を見てもその一握りしか感動は無いかもしれないので効率は悪い。 ですが、良い建築の空間体験は五感全てを刺激してくれる、他ではなかなか代えがたい経験です。

私も少しでも個人的に面白かった経験が伝わればよいなと思い、これまでもnote記事を書いてきました。もしよければご覧ください。


設計:妹島和世+西沢立衛/SANAA
竣工:1999年
用途:資料館
構造:鉄骨造
所在地:長野県飯田市伊豆木3942-1番地



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