“あの人がそんなことをするはずがない”が始まりだった──ジャニーズ事件と“組織の病理”を考える
目次
• 第1章|事件は「止められなかった」ことに本質がある
• 第2章|組織も“心”を持つ──フロイトの視点から
• 第3章|ジャニーズ事件に見られた“組織の病理”の特徴
• 第4章|“うちは大丈夫”の油断こそ危機
• 第5章|結び──組織もまた“診断”されるべき存在
第1章|事件は「止められなかった」ことに本質がある
2023年から2024年にかけて、日本社会を揺るがした旧ジャニーズ事務所の性加害問題。多くの被害者が沈黙を破り、長年の苦しみを言葉にしたその姿は、広く深い印象を残した。
だが、問題の本質は「一人の人物が加害を繰り返していた」という事実にとどまらない。問うべきは、それがなぜ止められなかったのか、そしてなぜ長年にわたり、社会全体が見て見ぬふりをしてきたのかという点にある。真正面から向き合うべきなのは、「加害を許してきた構造」そのものである。
第2章|組織も“心”を持つ──フロイトの視点から
精神分析の創始者ジークムント・フロイトは、個人に無意識があるように、集団や組織にも無意識に似た働きがあると考えた。人はしばしば、自らにとって不都合な事実を「なかったこと」として処理し、理想化や正当化を通じてそれを無意識の領域へと押し込めようとする。これは精神分析で「防衛機制」と呼ばれている。
フロイトは次のように述べている。
集団もまた、個人と同様に病理を抱え、無意識的に防衛し、抑圧し、理想化しうる。
――ジークムント・フロイト『集団心理学と自我の分析』(1921)
組織の中でも、不都合な事実は無視され、声を上げる者は「空気を乱す存在」として扱われる。加害者は「偉大な創業者」「スター」などの語で理想化され、異論は次第に排除されていく。このようにして、組織全体が一つの“無意識”を形成し、加害構造を無自覚に守る方向へと動いてしまうのである。
第3章|ジャニーズ事件に見られた“組織の病理”の特徴
今回の事件には、組織が加害を長期にわたり許容し続けた構造的な特徴が明瞭に表れていた。以下は、その主な5点である。
第一に、権力の集中とチェック機能の欠如がある。トップに権限が集中し、その行為を制御する制度が存在しなかった。内部通報や外部からの監視がなければ、加害は継続してしまう。
第二に、沈黙の文化と同調圧力があった。声を上げる人が「空気を読まない」とみなされ、組織内で孤立させられる。こうした同調の構造の中では、多くの被害者が声をあげることができなかった。
第三に、理念の“盾化”があった。「夢を与える」「エンターテインメントで人を幸せにする」といった崇高な理念が、現実の加害を覆い隠す“盾”として機能していた。
第四に、外部との癒着がある。報道機関や広告主との関係性が、加害の隠蔽に寄与していた。外部のチェック機能が働かない状況が、組織の密室性を助長した。
第五に、被害記録の抑圧と訴訟による圧力があった。過去の証言や記録は封じられ、名誉毀損や訴訟リスクへの懸念が、被害の可視化を困難にした。
これらの病理は、特異な芸能事務所に限ったものではない。規模や業種を問わず、多くの組織が同様のリスクを内包している。
第4章|“うちは大丈夫”の油断こそ危機
「うちの会社では、そんなことは起きない」という確信そのものが、すでにリスクである。
人も組織も、決して完璧ではない。重要なのは、問題が起きないことではなく、起きたときにそれを止められる仕組みが存在するかどうかである。
加害そのものをゼロにすることは難しい。しかし、早期に気づき、声を拾い、ブレーキをかけられる構造を整えることは可能である。
第5章|結び──組織もまた“診断”されるべき存在
個人に心があるように、組織にもまた“心”がある。そして、その心は時に病む。今回の事件を「特異な人物の問題」として片づけてはならない。
組織は放置すれば病理を抱えやすい構造を持っており、沈黙、同調、理想化、抑圧といった無意識の動きは、私たち一人ひとりの内面に、そして私たちが所属する組織の中にも存在している。
だからこそ今、あらためてフロイトの言葉に耳を傾けたい。
集団もまた、個人と同様に病理を抱える。
この視点を持つことこそが、沈黙の再発を防ぐための第一歩となる。
今、自分たちの組織にはどのような“心のクセ”があるのか。何を見ようとせず、何を抑え込んでいるのか。
その問いを、それぞれの現場に持ち帰っていただきたい。
📎 参考リンク
旧ジャニーズ性加害問題 当事者 会見(2024.10.9)
性加害・ハラスメントに向き合う専門団体 Somec 公式サイト
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