『極北の動物誌』 ウィリアム・プルーイット
写真家の星野道夫氏が少年時代からバイブルとしていたという本書。私は氏の著作『旅をする木』でこの本の存在を知り、ぜひ読んでみたいと思いました。
読了後、一番感銘を受けたのは、著者のプルーイットが半世紀も前に、生物多様性の大切さを世界に示していたということです。
まず驚くのは、アラスカの厳しい自然の中で生きる動物たちの姿が、まるですぐ近くで見ているように、鮮やかに描かれていること。
私たち自身があたかもノウサギやハタネズミになって、雪原をかけ、巣穴を整え、天敵から身を隠しながら、一瞬一瞬を懸命に生きているような気持ちになります。
そして彼らの本能にもとづく行動が、数万年の進化の中で徐々に遺伝子に組み込まれていったものだということが分かり、深い感動をおぼえるのです。
動物や植物は、気の遠くなるような長い時間をかけて、種の生存のために自らの形を変え、能力を獲得してきた。それがこれほどリアルに感じられる本は、私にとって初めてでした。
しかし1960年代、アラスカに危機が訪れます。以前から既に開発で、タイガの破壊は少しずつ進んでいましたが、最大の危機はアメリカの水爆の核実験場として、アラスカ北部の村が選ばれたことでした。
プロジェクト・チェリオットと呼ばれるこの計画は、その地域に住む人たちのみならず、アラスカ全土を揺るがす問題となっていきます。
プルーイットは当時、大学で動物学者として調査を行っていましたが、計画に反対を唱えます。「アラスカの自然は温暖な地域とは性質が違い、一度破壊されれば再生までに長い年月がかかる。計画が実行されれば、致命的な事態になりかねない」と。
幸いにもプルーイットの提唱で起こった草の根の運動によって、計画自体は阻止されました。
しかし、当局の圧力によって彼の報告書は改竄され、プルーイット自身も大学を追われてしまうのです。アメリカでは仕事に就けなくなった彼は、しかたなくカナダに渡ることになりました。本書が書かれたのはちょうどこの頃。しかし文中に直接、プロジェクト・チェリオットについて述べられた箇所はありません。
環境問題を考える時、私達はともすれば、異常気象やそれにともなう自然災害など、人間に直接関係する事象にしか思いが及ばないものです。
経済の発展や生活の快適さを優先することで、どれだけ大きな犠牲が出るか、無数の生命を奪うことになるか、なかなか想像することができません。
プルーイットはエピローグの最後で、以下のように述べています。
今日、極北の動物たちが直面する非常に多くの問題は、ほとんどが生物学や野生生物管理技術やさらには科学一般の領域ではなく、政治の領域に属している。
われわれはなにをすべきか、あるいはなにをすべきでないのか、技術的にはわかっている。知識を科学者から政治家に伝え、伝達された知識を行動に移し、規制を実施し、一般市民の態度を強制的に変えさせることこそが問題なのである。
本書の内容を発展させて目指すべきは、人間の政治の領域であろうとわたしは考える。
アラスカの生態系を守るために、人生の全てを賭けたプルーイット。その眼差しの優しさは、亡くなった今も本書の節々で、まばゆい光を放ち、読者の心を惹きつけます。
そして、彼が本を書いた時代よりずっと早いスピードで地球温暖化が進む今だからこそ、その言葉はより重みを持って私達に訴えかけてくるのです。

