SOIL派遣帯同者の視点 / 劇団あおきりみかん・鹿目由紀
2025年8月、SOILはエディンバラとロンドンにて、海外派遣プログラムを実施しました。現地で開催されたのは、海外のフェスティバルディレクターやプロデューサーを前に、日本の9団体が自作品をプレゼンテーションするピッチイベント『Japan Selection by SOIL2025』。
各団体からは演出家やプロデューサーなどの「帯同者」が同行し、作品の売り込みやネットワーキングのサポートを行いました。本記事では、その帯同者の一人・鹿目由紀さん(松井真人の帯同者)が綴る、エディンバラ滞在のルポをご紹介します。

鹿目由紀
劇団あおきりみかん主宰、劇作家、演出家。福島県会津若松市生まれ。日本劇作家協会東海支部プロデュース「劇王」で4年連続優勝。第16回劇作家協会新人戯曲賞、若手演出家コンクール優秀賞、第26 回名古屋市芸術創造賞、平成22年度愛知県芸術文化選奨・文化新人賞などを受賞。平成29年度・文化庁新進芸術家海外研修(短期)でイギリス・ロンドンにて研修。日本劇作家協会会員理事(2022年〜)。日本演出者協会常務理事(2023年〜)。
「軌道修正係としての、わたし」
エディンバラに降り立ったのは、初めてだった。
育成対象者の一人に選ばれた松井真人は、劇団あおきりみかんの俳優であり制作者だ。旗揚げ公演から共に歩んできた昔からの仲間でもある。

正直、採択された時は驚いた。わたしたちは愛知県・名古屋市を拠点とする劇団であり、採択された作品「信号の虫」は、たった20分の短編だ。他の8作品の中には大規模のミュージカルもあれば、有名なアニメの舞台化作品などもあり、その主催者はほぼ東京の団体でしっかりした会社の方々もいる。名古屋の小劇団にやれることはあるのだろうか。そんな不安を拭えぬまま、また帯同者たる自分にどんなことができるのか自信を持てぬまま、エディンバラにやってきたのだった。
わたしと松井は深夜に到着したのだが、夜の街並みからもフェスティバルが大きく賑やかなものだと伝わってきた。宿泊する寮までの道すがら、目に飛び込んできたのは、街の至るところにずらりと貼られた大小色とりどりの演劇のポスターたちとそこに付いている星マーク、ポスターによってははみ出すほど付いているものもある。

深夜1時近いのに大盛り上がりしているパブ、いま上演が終わったのか、小劇場らしき建物から楽しそうに出てくる人々の波…。それらが既にフェスの片鱗を見せてくれた。着いた宿泊場所はエディンバラ大学の学生寮。荷解きをし、街から受けた熱気にあてられ、1日目はたいして眠れずに終わった。
2日目。早起きして散歩。建物の色合いや石造りが美しく、石畳やCloses(クローズ)と呼ばれる細い裏路地、高台に立つエディンバラ城がその歴史を存分に感じさせてくれた。

のちのち、街の至るところに処刑場があったのだと聞き、血塗られた歴史を知って恐ろしくもなった。福島県出身だが、いまや名古屋人であるわたしにモーニングは欠かせず、城の近くに居心地のよいカフェを見つけて入った。昼からはフェスを知るためのツアー。そこでSOIL事務局の皆様、他作品の育成対象者、帯同者とご挨拶。わたしは緊張していたが、松井には以前からこのための研修で顔を合わせていた人もいて、どんどん話しかけていた。いや違う、松井は初対面の人にもこうだ。というか既に行きの飛行機でエディンバラ在住の数学の先生と友だちになっていた。カタコト英語でぐいぐい話しかける松井。松井はこんなんだったと再認識。だって松井が「友だち」だと感じるラインは、わたしのラインよりずっと低い。いい言葉で言うと、物怖じしないポジティブなひと、言い方を変えると、落ち着きのないぶっ壊れたやつ。それは尊敬するところでもあり、心配するところでもあった。この時点で、わたしには少し自分の役割が見えてきた。ツアーではエディンバラ・フェスティバル・フリンジの歴史、会場の特徴、内容などを教えていただき、他の三つのフェスティバルについても知れた。個人的にはブックフェスが魅力的だったので空き時間に覗こうと心に決めた。
さて帰り道、ふと振り返るとそこにいたはずの松井がいない。その後、道を戻ったのだがやはりいない。何度か連絡したがメッセージも既読にならない。それで、それから小一時間、元処刑場の広場のベンチで途方に暮れた。

ふと松井のSNSを見た。そこにはこう書かれていた。
「エジンバラで初めて見るお芝居は、道でキャサリンにチラシを渡されてそのまま見ることになったよ。コメディとのこと、楽しみ!」
…見つけた。キャサリン、誰。わたしはこの旅で改めて26年間歩みを共にした人間を見つめ直すことになった。そしてわたしの役割が明確に分かった。そう、松井の軌道修正。
わたしは主宰かつ劇作と演出で、これまで制作者である松井にサポートされてきた。劇団初の東京公演の時も、初めてのツアーの時も、文化庁の新進芸術家海外研修で一人ロンドンに行くことになった時も、書類のことやツアーのこまごましたことなど、松井に助けて貰ったことは数知れない。だが今回の主役は松井であり、松井のピッチ(という作品のプレゼンテーション)、そして他8団体と力をあわせてピッチそのものを成功させるために力を尽くすのがわたしに与えられた使命だ。だから松井のコミュ力を自由にさせつつ、松井がやりすぎそうな時に「気をつける」、それが己の役割だと、はっきり分かった気がした。
滞在中、育成対象者にはイベントに関連する会議や集まりがあり、帯同者であるわたしはその間、自分のペースで芝居を観ることができた。以前お世話になった翻訳者の阿部のぞみさんに、おすすめの舞台を教えていただけたのもよかった。10作品を観たが、どれもまったく違って面白かった。上演場所は様々でミュージカル、ストレートプレイ、一人芝居と様々。あらゆるところでチラシを配り、あらゆるところにベニュー(会場)があるので、少し歩けばすぐに観ることができる。印象に残ったのは『Lost Lear』。リア王の「稽古」を展開していく話なのだが、次第に意味がわかっていくごとに切なくなる素敵な作品だった。

ちなみに夜は、宿泊している寮のダイニングキッチンで楽しい宴に参加した。いや参加したというより、もはや途中から切り盛りしていた。参加者、帯同者、スタッフ、あらゆる方がキッチンに集い、その日観たものや、それぞれのバックグラウンド、ピッチの準備についての話をした。寮というのもあってさながら学生時代の合宿か修学旅行、あるいは文化祭前夜のようで、心なしか懐かしさをおぼえた。中でも別チーム帯同者の劇作家・大王こと後藤ひろひとさんとはそこで色んなお話ができて、とても楽しかった。いつからか、キッチンは『大王の間』と呼ばれるようになった。
4日目、ピッチのリハーサル。松井はそれまで英語でのスピーチを練習していたのだが、運営の皆様と相談して急遽日本語で話すことになった。そのほうが松井のよさが伝わるという判断だった。わたしもそのピッチのなかで紹介され、英語で自己紹介するくだりがあるのでリハに参加した。英語の原稿は頭に叩き込んでいた松井だったが、直前に日本語での発表になったため、逆に日本語がうろ覚えだった。そのためリハでの松井はふらふらしていた。終わったあと、呼び出された。リハからの帰り、明らかにへこんでいるのがわかったので、その後一緒に予約した芝居を観に行く道すがら、色々と話をした。
それまでわたしは、松井の原稿の文言はチェックしていたが、発表の仕方までは確かめていなかった。着物でやるというのを聞いていただけだった。リハ後、これはなんとかしなければと思った。それで「松井、明日稽古するぞ」と言った。
5日目、本番前日の空き時間、わたしたちは野外で稽古した。

演出として最初から通して見てみると、松井はピッチ発表中ずっとへらへらして、立ち方も変だった。ああそうだった。松井は普段の松井におそろしく無頓着だった…。わたしは優しいことに定評のある人間だが、松井にはまあまあ厳しい。「無駄に笑うな」「笑顔はとっておけ」「着物なんだから背筋ぴしっと」「いいか自分を松井と思うな、松井という役だと思え」などとあれこれ言いつつ、暮れていく街なかで、何度も稽古した。
翌朝6日目。本番当日も早朝の街角で稽古。これなら行ける、そう思った。プロジェクターの画像を切り替える係と途中で挨拶するわたしの仕事をしくじってもいけない。わたしも一緒に稽古した。そして会場に到着。椅子、プロジェクター、ちょっとした軽食、すべてがよい感じにセッティングされていて、緊張感が高まる。

開場時間、多数のプロデューサーや演劇関係者が入ってきた。このSOILのイベントの主旨は、日本の優れた作品たちを紹介するということであり、それはすなわち9作品が仲間のチーム戦だ。共に過ごす間に、お互い団結感も生まれていた。初っ端、劇団鹿殺しさんのパフォーマンスありきのピッチ。発表者のほぼ全員が応援の眼差しを向けていたと思う。とても受けていて、会場が一気にホームグラウンドに変わった。続くみなさん、リハより格段に素晴らしいピッチを繰り広げていく。近づいてくる順番。ふと松井を見ると、足をふらふら動かしながら不気味に笑っている。松井が楽しそうな時は気をつけろというのが定説だ。だが大丈夫、わたしたちには積み重ねた稽古がある。とうとう本番。
結果、松井は俳優・松井として力を十分に発揮し、わたしも英語での挨拶とプロジェクターのタイミングを間違えずにやれた。よかった。終わったあと、他作品のみなさんが迎え入れてくれた時の嬉しさたるや。発表は無事に終わり、その後、さまざまな現地の方と名刺を交換して話した。松井は通訳のMayu先生に協力して貰いながら、松井の残像が各所に見られるほど全ての方に挨拶していた。その後パーティーがあり、お互いを労い、尽力してくださった運営の皆様に感謝し、エディンバラでのピッチは幕を閉じた。

翌々日の8日目、ロンドンへ移動。芝居をいくつか観たりなんだりして、最終日。エディンバラでのピッチが好評につき、同じ形で開催することになり、松井はそこでも成果を発揮した。偉いぞ松井。

日本初のエディンバラフリンジでのピッチイベントということだったが、所属も団体規模も、また作品のテイストも違う9団体が、9人の育成対象者が、ひとつひとつの豊かさを伝え、他の皆がそれらに手に汗握る瞬間は、心に残るものとなった。改めて、日本の作品が持つ多彩さを感じて、わたし自身ももっと日本の作品を観ようと思えたことも大きい。またエディンバラの、街まるごと「なんでも来いよ」みたいな顔で受け入れてくれる懐の深さが、わたしたちも近々あそこで上演したいと思わせてくれた。あと個人的には、大学寮での文化祭的な宴。所属も立場も違う人たちが、演劇についても演劇じゃないことについても語らう時間。日本での忙しさを忘れて、「ああそうだ、人間ってこんな時間が大事だよな」と思わせてくれる、愛しい時間だった。

なにはともあれ、松井が、松井らしさを発揮できてよかった。
最後に。「信号の虫」はいい作品です。機会があればぜひ。
