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SOIL派遣帯同者の視点 / 東宝・鈴木隆介

2025年8月、SOILはエディンバラとロンドンにて、海外派遣プログラムを実施しました。現地で開催されたのは、海外のフェスティバルディレクターやプロデューサーを前に、日本の9団体が自作品をプレゼンテーションするピッチイベント『Japan Selection by SOIL2025』。
各団体からは演出家やプロデューサーなどの「帯同者」が同行し、作品の売り込みやネットワーキングのサポートを行いました。本記事では、その帯同者の一人・鈴木隆介さん(風呂奈津美の帯同者)が綴る、エディンバラ滞在のルポをご紹介します。

この記事を書いた人
鈴木隆介
2004年に東宝入社。演劇部企画室、人事部、演劇部企画室、帝国劇場を経て、2017年によりプロデューサー室(現・製作室)に勤務。主な担当作品に「FUN HOMEファン・ホーム ある家族の悲喜劇」「ラヴズ・レイバーズ・ロスト -恋の骨折り損-」「ドッグファイト」、「両国花錦闘士」「歌妖曲~中川大志之丞変化~」「ダーウィン・ヤング 悪の起源」「ジョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド」「この世界の片隅に」など。

(帰国便の遅延により12時間遅れで羽田に到着したところ(右)山本卓卓さん撮影)


9人のサムライたちの背中を追って

2025年8月21日午前9時50分。「Japan Selection by SOIL」開場10分前、これから日本演劇界で初となる、ピッチ(プレゼンテーション)イベントを控えた9人の採択者たちが、円陣を組んで互いの手を重ね合わせていた。「Let’s go, SOIL!」朗らかに笑い合う晴れやかな表情には、やれるだけの準備はやってきたという自信が伺えた。だが私は、この和気藹々とした仲間たち一人ひとりが、自分の劇団や会社そして作品を背負い、ひいては日本の演劇を背負う重圧を笑顔の裏にふと見せてきたこともまた知っていた。

円陣の外側から眺めていた私には、この9人が天正遣欧少年使節に見えた。そしてまたこの歴史的瞬間に立ち会えている自分の幸運を嚙みしめていた。

円陣の瞬間

 と、いささか感情過多な語り口でレポートを始めた私が何者かというと、今回のSOIL事業において採択者である東宝・風呂奈津美が取り上げるミュージカル『この世界の片隅に』の担当プロデューサーで、「採択者1名につき同行者1名」の枠を頂戴したのだった。

ミュージカル『この世界の片隅に』は、コロナ禍で海外ミュージカル作品の上演が困難になった後、加速度的に増えていった国産ミュージカルの一つであり、原作もクリエイティブスタッフもすべて日本人という東宝では珍しい作品であった(今も東宝で製作されるミュージカルのうち、脚本・音楽・演出いずれかが海外クリエイティブであることが多数派なのである)。2024年春から夏にかけて上演されたこの作品は、9都市を回り、自分自身にとっても忘れ得ぬ幸せな時間を過ごさせてもらった。まさかその続きにこんな大きなご褒美があろうとは想像だにしなかった。

ミュージカル『この世界の片隅に』

 しかしながら、企画当初からオリジナルミュージカルを製作する意義の一つとして、海外展開は重要な要素だった。海外権利元から許諾を受けて作品を上演するスタイルから、こちらが権利元となって海外へ作品を届けるスタイルへ。いま日本のミュージカル界はその転換点に立っており、SOILの事業を待つまでもなく海外への展開を積極的に推し進めるべきであったのだ。とはいえ、どこから手を付けるべきか明確な道筋が見えていなかった。海外への道は自分にとって非常に遠く困難なものだというイメージだった。典型的な「優先度高め・緊急度低め」タスクに分類されていた海外展開を、SOILという僥倖が力強く背中を押してくれた。

 SOIL事務局の皆様は、入念なリサーチ、採択者への粘り強い指導、細やかな渡航準備と、一歩一歩、海外への道筋を示して下さった。何より印象に残ったのは、その姿勢だ。非常に情熱的で、どこまでも真摯だった。熱の入った指導で、大人が本気で怒られているのを久しぶりに見もした。本気なのだ。

 思えば日本の演劇界は、長く個々の組織がそれぞれ個別に事業を営んできたのであり、情報や数字も基本的には開示・共有されてこなかった。映画業界では、映連(一般社団法人日本映画製作者連盟)が毎年「映画産業統計」という形で作品単体から業界全体の数字まで公表しているが、演劇界ではそのような数字の共有はいまだなされていないことがその典型だろう。

 ライバルでもあり、「よその家」だった同業他社とは、自ずとコミュニケーションもそこまで踏み込まず、大人の関係を保ってきたのが日本の演劇界だったと感じている。そんな業界風土の中でSOILでのコミュニケーションは遥かに直球で、熱かった。見ていてすがすがしかったし、羨ましくもあった。自ずと参加メンバーたちも本音で語り合い、強い絆が生まれていた。

ピッチ後のお疲れ様会にて、SOIL事務局の皆様への寄せ書き贈呈

 滞在がシーズンオフの学生寮での共同生活だったことも、濃密な人間関係を構築できた大きな要因だったと思う。キッチン・バス・トイレ共用、洗濯機も複雑な操作方法を互いに教え合いながらなんとか使いこなし、慣れない土地で年齢も肩書きも関係なく助け合った。毎晩、地下の共用キッチンで開かれた「王立居酒屋」(後藤ひろひと大王命名)はオアシスだった。こんなに参加者たちと仲良くなれるとは思ってもみなかった。

みんなが一番お世話になった飲み物
みんなで使った洗濯洗剤

 こうして互いに高め合い、固く団結し、乗り込んでいったエディンバラでのピッチは、アウェーでなくホームの空気感だった。来場した世界各国のゲストたちは、日本の演劇の幅広さ、奥深さ、そして演劇愛と情熱を受け取ってくれたと確信する。いつか会場となったDance Baseの前に、9人の銅像を建てたいと思った。それくらい偉大な、誇らしい一歩だった。

 とはいえ周りを見渡せば、韓国や台湾は独自のプログラムを組んで10年近くもエディンバラで作品を上演している。今回はSOILメンバーの中でShoulderpadsが全日程完売の偉業を成し遂げたが、やはりピッチによる作品紹介だけでなく、実際に作品を上演したいと強く強く思った。現地滞在中に19本の作品を鑑賞したが、十分に戦えるとも感じた。

今年9人のサムライたちの偉大な一歩はエディンバラの地にしっかりと刻まれた。この足跡が消えてしまわないうちに、後に続いて行かなけらばならない。SOILのますますの発展を願うとともに、自分自身も思いつく限り力を尽くしていきたい、と思うくらいに熱が残っている。

 近い将来、エディンバラで日本の綺羅星のような演劇公演があまた上演されることを、そしてエディンバラを起点に世界中に広がっていくことを願って、いや確信しております。

 貴重な機会を与えて下さった皆様に、心から感謝を申し上げます。

どこをとっても圧倒的に絵になる町でした。再訪を誓いつつ


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