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SOIL派遣帯同者の視点 / 範宙遊泳・山本卓卓

2025年8月、SOILはエディンバラとロンドンにて、海外派遣プログラムを実施しました。現地で開催されたのは、海外のフェスティバルディレクターやプロデューサーを前に、日本の9団体が自作品をプレゼンテーションするピッチイベント『Japan Selection by SOIL2025』。 各団体からは演出家やプロデューサーなどの「帯同者」が同行し、作品の売り込みやネットワーキングのサポートを行いました。本記事では、その帯同者の一人・山本卓卓さん(坂本ももの帯同者)が綴る、エディンバラ滞在のルポをご紹介します。

この記事を書いた人
山本卓卓

作家・演出家・俳優。「範宙遊泳」代表。 幼少期から吸収した映画・文学・音楽・美術などを芸術的素養に、加速度的に倫理観が変貌する現代情報社会をビビッドに反映した劇世界を構築する。 青少年や福祉施設に向けたワークショップ事業など幅広いレパートリーを持ち、アジア諸国や北米で公演や国際共同制作、戯曲提供なども行い、活動の場を海外にも広げている。 ACC2018グランティアーティストとして、19年9月〜20年2月にニューヨーク留学。 『幼女X』でBangkok Theatre Festival 2014 最優秀脚本賞と最優秀作品賞を受賞。『バナナの花は食べられる』(23年)で第66回岸田國士戯曲賞を受賞。(撮影:雨宮透貴)


僕たちの途中経過

映画「トレインスポッティング」の舞台だ。スコットランドのエディンバラに行くことになった時、演劇祭のことよりも「マクベス」のことよりも真っ先に思ったのはそのことだった。中学生の頃レンタルビデオ店で「トレスポ」を借りてすっかり人生観が変わった。確か当時は厳しいレーティングはなかった。もちろんトリガーアラートもない。ドラッグと汚物にまみれた退廃的な若者の姿は、イギー・ポップやルー・リードやアンダーワールドといったロックやパンクやテクノのイカした楽曲に彩られて、14歳の僕のパッとしない日々を衝撃と共に勇気づけた。

「フィクションとして誇張されつつも、どうやら僕よりダメな人間が、この世にはいる。そしてその人たちは、ダメなりに、ところどころ愛嬌を持ちながら、友情や愛情や裏切りに人生をぐちゃぐちゃにされながら、出涸らしの希望を持とうとしている」

今思えば、退廃に憧れを抱いてしまうというのは愚かな行為だったかもしれない。なにせ僕は自尊心が低いものだから、フィクションの世界に自分よりダメな人間を認めることで現実を紛らわす癖があった。当時の僕にとって「かっこいい」とは曝け出している人のことだった。外面だけが良い虚飾まみれの世の中よりも、むき出しのダメさに惹かれたのだ。

実は人生初ヨーロッパなのです

午後10時ごろ、エディンバラのクイーンズストリート駅に着いた。一週間分の荷物の入った大きなキャリーケースを手に、凸凹の舗道の上を「慣れてます風の顔」で無理して宿へ30分ほど歩く。道に迷いながらタクシー代をケチったことを後悔しつつ「あ。あそこが、宿舎だ」。そう思った矢先、明らかに酔っ払った背の高い白人男性が道端で大声を上げた「お前ら#$’%は帰れ!」。肝心の部分が聞き取れない。僕が言われたのかな。いや、誰彼構わず怒鳴り散らしている。ま・じ・で、関わりたくない。すると道路の向かいにいた男性が呼応するように食ってかかる。怒号とともに喧嘩が始まった。僕は身の危険を感じてその場から逃げ去るように宿舎へと向かった。ま・じ・で、いやだ。こんな時間にキャリーケースを道端で転がしているのは僕だけだった。

疲労困憊で部屋に着くとパトカーと救急車のサイレン音がけたたましく聞こえた。音の方角的におそらくあの人たちの喧嘩がもたらした結果だ。治安は悪くないと聞いていたけれど、トレインスポッティングで予習してしまっていたがために、この場所を退廃のフィルターで見てしまう自分がいる。

僕が泊まった宿舎はコンドミニアム型で、五部屋ほどあるフロアに共有のキッチン一室とシャワー付きトイレが二室あった。他の部屋には劇団あはひの大塚健太郎さんと後藤ひろひとさんがいると聞いた。後藤さんと言えば「パコと魔法の絵本」の原作者であり、僕が大学生の頃先輩がしきりに目を輝かせて話題にしていた「ダブリンの鐘つきカビ人間」の作家だ。あはひの大塚さんとは以前から面識があったものの後藤さんとはお会いしたことがない。どんな人なんだろう、と少しだけ恐れていた。ドアをバタンッて閉めたら怒られるかな。シャワー室の水滴がトイレの方まで飛び散らないようにしなきゃな。とか、共同生活におけるマナーに気をつけようと思った。

朝方、火災報知器のようなブザー音で目が覚めた。ボリュームのつまみが狂っているのではないかと思えるような爆音で困惑していると、ものの三秒で音は止んだ。なんだったんだろう。火事ではなさそうだ。そうこうしていると二度寝の波がやってきて僕をAM10時まで連れて行った。

夜のエディンバラは映画の中にいるようだった

目が覚めてキッチンに行く。ここで初めて後藤さんに会った。日本でも会ったことのない一方的に知っている存在に、寝ぼけ眼に部屋着姿で初めましての挨拶をするなんてとても不思議だ。自分の名を名乗り、かつて少年野球で培った礼儀作法でよろしくお願いしますと深々と頭を下げた。

「いやあ、朝方ブザーうるさかったでしょう? 起こしちゃったかな? ごめんねえ」と後藤さんは言った。その一言と、優しい声のトーンから直感的にこの人は気遣いのできる素敵な紳士だと察した。僕は自分が傷つきたくないがために警戒心は強いが、人を見る目はある。そして最終日までの後藤さんとのある種の友情を思い返すに、現に直感は当たっていた。目上の、僕よりキャリアも名声もある先輩が、さまざまな世界を見て経験してきたことが伝わるほどに、優しい。それは、いずれ後藤さんの年齢になっても演劇を懲りずに続けているだろう自分の未来像に、少なからぬ希望を与える姿だった。

11時に集合があるというので、集合場所に向かった。ここでSOILの事務局の方々や育成対象者、他の帯同者たちと挨拶を済ませる。育成対象者というのはつまりこの事業に応募したメインの採択者であり、帯同者というのはいわば付き添い。僕は劇団の制作者であるももちゃん(坂本もも)の帯同者としてここに来たわけだ。

ももちゃんが非常に感銘を受けていた演劇作品

隠すつもりもないし、逃げも隠れもしない。あえて書く必要もないかもしれないが、書かなければそれは自然ではない。僕とももちゃんは夫婦であり、仕事のパートナーでもある。娘がひとりいて、イギリス滞在中は日本で祖母(ももちゃんの母)が面倒を見てくれている。夫婦でもあり仕事も共にしているということで、これまでにもさまざまな困難に直面してきたが、結婚してもう10年以上になる。育成対象者としてももちゃんがこの事業に応募するという話を聞いた時、僕は帯同者としてこの地に来ることをあまり想像していなかった。正直なことを言えば、その時は目の前に新作の執筆があり、エディンバラに行きたいとも思っていなかった。じゃあなんで来たのかと問われれば、まず第一にその執筆は終わり、第二にこの事業に気持ちを込めている制作者であり妻であるももちゃんのなんらかの支えになりたいとも思ったからだ。言ってしまえば、これまでもお互いにそうやってところどころあらゆる局面を乗り越えてきた。「寂しい」というのはこれまでも相互幇助の理由の一つになってきた。僕らは寂しい思いをしないように、させないように、人と支え合う。しかしそれでも寂しくなってしまうのが人間なんだけれども。

話が逸れた。つまり僕はこのような理由でここにいる。もちろん自分の作品が海外で展開されることは好ましいことだし望ましいことだ。でも、それよりも前提にあるのは「必要とされている気がするから」そこに行く。誰に? ケースバイケースで違う。この場合、仕事や子育てや家事の合間を縫ってこの事業のためのパンフレットやプレゼン資料を作っている妻を、その過程を知る身として、同じ景色を見る必要があると思ったからだ。

「よく寝れた?」ももちゃんは別の便で昨晩僕より先に現地に着いていた。「寝れたよ。でもあそこの交差点で初っ端やべえ喧嘩に巻き込まれそうになってビビった」。「旅の洗礼だね」とももちゃんは笑った。

昼食はイキウメ制作の坂田厚子さん、作家の前川知大さん、劇団あはひの制作の髙本彩恵さん、作家の大塚健太郎さん、ももちゃんと僕、の6人で食べた。前川さんとは初めてお会いしたけれど、同じ作家として共鳴する部分がたくさんある気がした。何よりも前川さんは映画が好きで、自然を歩くのが好きだという。宿舎のそばにホリルードパークという公園があり、そこを散歩するのが楽しみだと。まったくもって同意見。僕はこの滞在でホリルードパークに魅せられて滞在の7日間ほとんど毎日、その小高い丘を登った。ちなみに前川さんと大塚さんとはすっかり意気投合し、帰国後三人で神楽坂で食事をした。その時の楽しさや、同じ作家としての共通項や違うところ、そしてこの先の演劇のことなどをざっくばらんに話し合えたことは何よりも財産だ。

同業であるということで、競争心を煽り敵対し孤立するというのは、旧時代的だと僕は考えている。ライバル心というのも、それが健康に働くのならばいいかもしれないが、付随する嫉妬や羨望に支配されるくらいなら、ないほうがましだ。前川さんも大塚さんも優れた作品を作り高い評価を受けている。僕はこれを、演劇界にとって望ましいことだと思っている。競争というより共闘。演劇は、その狭い世界で怨念をぶつけ合うのではなく、広い世界と新たな地平を目指して一致団結していくべきだ。これが綺麗事のように聞こえない読者のリアリティに僕は期待する。なぜなら現実は、協力を心底考えなければならない程に切迫しているからだ。他者を否定しライバルを蹴落とし、お山の大将になることでカリスマぶることができた時代は、あまりに牧歌的だった。僕たちは認め合う局面にいる。讃えあう局面にいる。

あおきりみかんの松井真人さんが紹介してくれたPoetry Library 名だたる作家たち

この滞在のメインイベントでもあるエディンバラ・フェスティバル・フリンジにおけるJapan SelectionとしてのSOIL事業のピッチ。この日のために育成対象者たちはリハーサルを重ねてきた。キューブ、ホリプロ、東宝、TBSといった大手企業から、劇団鹿殺し、劇団あはひ、劇団あおきりみかん、イキウメといった現代演劇の劇団まで。会社名や劇団名で一括りにされてしまえば見えてこないが、ここには一人一人の人間がいて、それぞれにこのプロジェクトにかける思いがある。例えば僕たち範宙遊泳にはももちゃんの思いと、僕の思いがある。

とはいえ僕の思いとはなんだろう。忙しなくピッチの準備やリハーサルに追われる育成対象者たちと、それをサポートする帯同者を眺めながら、ぼんやり考えていた。思えば「どうすればこの世界が少しはマシになるか」を考えながらずっと言葉と物語を書いてきた。この世界、というのは僕の主観における世界の範囲だ。世界の見方とは、そこにあるものをどのように切り取って見るか、だ。今僕が見えている世界、この会場の範囲では、少なくとも僕と同じように「世界をマシにしようと」する人たちばかりに思える。そのために身近な人々に親切にし、目の前の仕事に全力投球し、時折自分の失敗を反省しながら、他者を応援する。

劇団鹿殺しのパフォーマンスを筆頭に、ピッチが続いていく。皆、終わったチームに「頑張ったね」「よかったよ」「お疲れ様」と労いの言葉をかけていく。僕は人見知りなので渾身の拍手と、心の中で賛辞を送る。あはひの大塚さんは英語でプレゼンをしている。すごいな。後藤さんはさすがのエンターテイナーで、流暢な英語で観客を笑わせ、ノせている。

ももちゃんの順番がやってくる。「卓卓くんは何もしないの?」と、いく人かの人に言われる。はい。すみません。僕は応援するだけです。

この場所に来たのは、退廃フィルターにかけて世界を見るためじゃない。自分の世界の見方を変えるため。知らない人、土地と仲良くなるため。仲良くなれないとしても、それを認め、祈るため。「背中パンパン叩いてくれない?」ももちゃんが言う。僕は背中を叩く。ももちゃんの背中はいつも凝っている。頼もしい。ひとりの妻であり、母であり、生活者である女性が、世界を変えるために一歩踏み出す。僕はその背中を押す。新作のアイデアが、ひらめいた。

ピッチの様子 

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