【Soil100 VOICE】 医療情報不足という社会課題に立ち向かう──〈TxPPIE株式会社〉一二三晴也
「儲からないけど、意義がある」
そんな事業に取り組むチームを、公益財団法人Soilでは「非営利スタートアップ」と定義し、事業助成を行うプログラムを通して支援しています。
プログラムの一つ、「Soil100」は、非営利スタートアップ創業前後の、これから実績を上げていく個人の活動家の方に最大100万円を助成するものです。
この連載記事【Soil 100 VOICE】では、Soil100プログラムで支援してきた非営利スタートアップの皆さんに、活動への思いや、これまで・これからについて伺っていきます。
11人目は、TxPPIE株式会社の一二三晴也さんです。
「患者の声を科学的根拠に変える」を合言葉に掲げるTxPPIE株式会社。
医薬品やワクチン副作用の因果関係が評価不能となることや、難病・希少疾患の診断までに長い年月を要する背景となる、「医療情報不足」の解決を目指しています。
活動を続ける一二三さんが描く未来や、今までの模索、これからの展望など伺います。
今回お話を伺うのは…
一二三晴也(ひふみせいや)さん
TxPPIE株式会社 代表取締役CEO

1998年生まれ。大阪大学大学院薬学研究科でワクチンの研究開発に取り組む中、大阪大学発スタートアップとして2025年10月にTxPPIE株式会社を設立。医薬品やワクチンの副作用や難病・希少疾患領域の医療情報集積および研究支援事業に取り組んでいる。
つくりたいのは、どんな社会?
「助けを求めている人を決して見捨てない社会」を作りたいです。
社会課題の中には常に、助けを求めている人がいます。人を助けるための非営利活動だけでは構造的な限界があるため、私はスタートアップとして新たな市場を築きながら、社会課題に向き合い続けたいです。
どのような活動を行っているのか、詳しく教えてください!
医薬品やワクチン副作用の約70%から90%以上は情報不足で評価不能とされています。また、症例数が少ない難病・希少疾患の約90%が発症から診断までに半年から3年もかかるとされています。
つまり、科学的根拠が不十分として切り捨てられ、研究や医療の制度から取り残されている「患者の声」が存在します。
この社会課題が生じるのには構造的な理由が存在します。
現在、カルテや検体などの医療情報の集積は、特定の医療機関に依存した枠組みで行われています。しかし、症例が多様で複雑な副作用や難病患者は全国に点在しているため、特定の医療機関だけでの情報集積には限界があり、研究価値が得にくいです。
そこで、患者会と連携し、患者起点でカルテや検体を全国から迅速に集積できるプラットフォームを構築しました。さらに集積・解析した臨床情報とゲノム情報を統合したデータベースを研究機関や製薬企業に提供し、医療・創薬研究を加速させ、患者へ迅速に成果還元する仕組みの実現を目指しています。

なぜSoilに応募しましたか?
Soilを知ったきっかけは、私が起業支援を受けている大阪大学共創機構の先生からの紹介でした。「儲からないけど、意義がある」という言葉が今でも心に残っています。副作用、難病領域は患者数が少ないです。つまり、マーケットが小さいです。疾患によっては、現状の創薬研究の仕組みでは絶対に儲からないです。私は、この仕組みを変えるために研究者のキャリアを捨てて、起業家として挑む覚悟でしたので、Soilで学べることは大きいと感じました。また、学生でお金がない私にとっては起業する費用として100万円の助成金は非常に魅力的でした。
一二三さんの事業だとSEED投資とも相性が良さそうですが、Soilの支援を経て感じたことなどありますか?
シード投資
まだ製品や売上すらない「アイデア段階」の企業に対して、ビジネスを形にするための準備資金を提供する最初の投資のこと。植物の種(シード)をまくように、将来大きく成長する可能性を秘めた超初期のスタートアップを支える仕組み。
私のような実績がない学生が、ゼロからライフサイエンス・ディープテック領域のスタートアップを立ち上げることは非常に難しいと感じます。お金はもちろん、社会的信頼も必要となるので。
お金と社会的な評価を獲得し、持続的に事業を進めるためにVCから資金調達が必要不可欠と考えています。近年では、ゼロスタートだとしても、事業アイデアの社会的な意義やインパクト、創業者の熱意や人柄などを重視するシード投資に注力するVCの存在感が増しています。
VC(ベンチャーキャピタル)
高い成長が見込めるスタートアップに資金を出資し、経営をサポートする投資会社。ただ応援するだけでなく、出資した企業が成長した後に利益を得ることを目的とする。
シードVCとSoilって選定基準と手段は同じだけど、ゴールが異なる存在だと感じました。
VCはあくまで投資した資金を増やして回収する「ビジネス」として動いています。そのため、最終的に株式を公開して上場(IPO)したり、大企業に会社を売却(M&A)したりという出口(EXIT)にまで辿り着けるかどうかがゴールになります。
事業の社会的意義や創業者の熱意を理解できても、「本当に数年後、ビジネスとしてスケールしてその出口に到達できるか」という確度を測ることができなければ投資することは難しいです。

私の独断と偏見ですがシードVCは大きく2通りあると思っています。
一つは、実際のところは0→1ではなく、1→10に投資するVCです。
0だとVC側も経験に基づく予測がつかず、伴走のハードルが高い。さらに「実績がない起業家が経営者まで成長できるか?」「成長させられるのか?」といった不確定要素が多すぎるので、シードを謳ってもゼロに投資できるVCは多くないと感じます。
もう一つは0→1に投資し、1→10までを実現できるように伴走するVCです。
真のシードVCと言える存在だと思うのですが、これができる投資家は、起業家の事業アイデアについて、下手したら起業家以上の解像度で理解できる人だと考えています。また、起業家の人柄を見極め、成長を促す課題を適切に出せる人です。VCやキャピタリスト毎に色はあると思いますが、私の経験からはそう感じました。
一方で、SoilはEXITを求めていないので、社会的意義と起業家に究極的に賭ける事ができます。Soilが資金提供と伴走をしてくれるおかげで、ハードルが高いシードVCからの投資を獲得できていない段階でも、起業家として成長できる機会が得られるのは非常にありがたいと思いました。学生が、社会課題解決に挑むスタートアップをゼロから立ち上げる時に、いきなりシードVCからの調達は厳しいと思います。Soilを通して、起業のための最初の資金と経験を獲得してから次のステップに挑めた事には、本当に感謝しています。
Soilでの支援をどのように活かしていますか?
Soilからの助成金ですぐにTxPPIE株式会社を設立しました。採択実績としても示せることで外部からの評価にも繋がったと感じています。
個人的にはSoilのメンターからの伴走が一番の財産でした。創業初期の私にとって資金調達のためのピッチのブラッシュアップや資本政策などの相談をしていただけるのはありがたかったですし、大変勉強になりました。
メンター陣はもちろん、Soil関係者の皆様とも採択期間終了後も続く関係を築けることができたのが嬉しかったです。メンターを担当してくださった松尾さん、懇親会で仲良くなった岩井さんと大阪で飲み会を開き、私がスタートアップ業界に対して感じた違和感や疑問、直面した悩みについてお店が閉店する時間まで親身に相談に乗ってくださりました。
「これはやらなきゃ」と覚悟が決まったのは、どんな瞬間ですか?
私は「多くの人を助ける」という目的の手段として、長年ワクチンの研究者を目指して博士課程で学んでいました。しかし、コロナ禍を経て、ワクチンの副作用で苦しんでいる人がいることを知りました。
気になって、ある日ラボでの実験が終わったあとに厚労省の生データを調べました。膨大なデータを前に気付けば朝になっていたのですが、寝ずに見続けてわかったのは、副作用の報告のほとんどが情報不足を理由に「評価不能」とされ、制度の狭間で評価すらされないという実態でした。
この問題はワクチンに留まらず、他の主要な医薬品の副作用や難病・希少疾患でも同じ構造が起きています。例えば、統計上は若い男性に特定の重篤な症例が妙に多かったり、約価の高い有名薬で1%の死亡例があったりしても、分からないまま終わってしまう。
目の前にあるこの構造自体を変えなければいけないと気づきました。
新しいワクチンを作るより先に、この未開の課題に挑むことこそが、自分が本当に「人を助ける」ための手段なのだと確信した瞬間でした。
活動の中で、苦しかった瞬間・迷った出来事は?
起業するにあたり、19才から一貫して努力してきた薬学博士号の取得を断念することになってしまったのは苦しかったです。研究員としてお給料もいただいていたので、無収入になりますし、何より今までの努力と安定したキャリアを捨てる決断は、周りから頭がおかしいとも思われても仕方ないですよね。
やっていて「意味がある」と感じる瞬間は?
まだまだ道半ばですが、私がこの事業に取り組んでいるだけでも患者会の方が喜んでくださり、体調が少し良くなったと聞いた時は、自分の活動が少しでも力になれている実感がして嬉しかったです。
また、実証検証先の長崎大学の先生もこの事業のコンセプトに共感してくださり、協業の提案も快諾していただいた瞬間には、研究者にとっても意味がある事業だと確信しました。
「儲からないけど、やる理由」を感じる場面って?
私は儲からないの基準は時代によっても捉え方によっても変わると考えています。
医療・創薬は大きく発展した結果、多くの病気が治療可能になりました。一方で、既に新薬開発のターゲットは枯渇し、創薬研究のハードルが年々高くなっています。
そこで、個人差で変化する安全性と有効性を最適化する精密医療・個別化医療が注目されています。がん領域に関しては既にスタンダードになりつつあります。また、未開拓である難病領域にも注目が高まっています。
今は、医療における時代の転換期です。大手製薬会社にとって副作用や難病領域は、まだ儲からないマーケットと見なされています。しかし、将来的には副作用や難病のデータが価値を持つと確信しています。その時代に備えて、今この瞬間におけるステークホルダー各々のインセンティブを設計し、事業化していくことに社会的意義を感じています。
これからどんなことに挑戦したいですか?
私は社会課題の中から「儲かるかもしれないし、意義もある」を見出して、「儲かるし、意義もある」ことを証明することが、スタートアップとしての使命だと考えています。
現在の資本主義の仕組みでは、私の挑戦が上手くいくと、創業者の私に利益が集中します。この仕組みに、どうも違和感があります。
私がTxPPIEを起業した目的は資産をつくることでなく、社会課題を解決するためです。自分が向き合ってきた医療・創薬の力で、助けられるかもしれない人がいたからです。起業家として成功して手段として使える資金ができれば、色々な領域で社会課題解決に貢献していきたいです。Soilにも是非、ご協力させてください。

挑戦といえば、世界一の起業家を目指しています。
弊社が注力するゲノム情報の利活用は、将来的に医療のみならずあらゆる産業を次のステージに連れていけるポテンシャルがあります。弊社は人々がゲノムを安心して預けられる場所づくりをしています。
また、日本の医療・創薬を支えるためには米国進出が不可欠だと考えています。様々な背景があるのですが、世界の創薬の意思決定は米国に集中していることが大きな理由です。米国を拠点とし、グローバルに事業を進めることで弊社は世界で最も社会的価値を生み出し、その価値を最も社会に循環させる構造をつくりたいです。
世界のトップ企業のCEOなのに、世界長者番付圏外を目指したいです。世界で一番社会課題を解決した人と自他共に認められるんじゃないですかね?起業の目的が、「社会課題の解決」「人を助ける」である私にとっては、そんな人が世界一の起業家です。

あなたの活動を「応援する」って、どういう形でできますか?
人は辛い時でも、助けてくれる存在を近くに感じられなければ、助けを求めることすら難しい行動になります。副作用や難病は誰でも陥るかもしれない問題です。周りの人々が助けを求めている状況になった時に、弊社の存在を伝えてくれると嬉しいです。
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読んでくださった方に、伝えたいことはありますか?
私にとって人を助けるとは、その人にとっての「選択肢を増やす」ことです。世界には選びたい道を選べない人や、そもそも道があることすら知らない人がいます。今の私が選択肢を増やす事に貢献できる領域は医療・創薬です。
皆様の関心があり育んできた能力を活かせる領域で、世界を明るくして、たくさんの道を照らす事ができたら素敵だなと思います!
これから何か大きな挑戦をしたいと思っている人に向けて、一言お願いします!
私は、自分が人より優れているから挑戦できたわけではないと思っています。お金もなく厳しい状況の中で、親や阪大の先生など、周りの人たちが一生懸命に私の一歩を肯定し、背中を押してくれたからこそ今があります。
だからこそ、何かに挑戦したいと考えている人には、「まず周りの10人に話して、全員を納得させてみてほしい」と言いたいです。もし1人でも説得できない相手がいるのなら、厳しいようですが、それはファウンダーとしての動機がまだ弱いのだと思います。
ちゃんと話せば、周りは必ず応援してくれます。10人全員が肯定してくれたなら、それは間違いなく今すぐやるべきだと思います。
執筆:一二三晴也
編集:岸ふみ
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