新規事業はいつ始めるべきか? 自社のビジネスが 「S字カーブ」のどの位置にいるかを考える
こんにちは、BtoBマーケティングと営業コンサルティングを専門としている株式会社マイノリティ代表の柳澤大介です。
「リクルートに学ぶ新規事業のつくりかた」シリーズ、今回が最終回です。
これまで、新規事業が失敗する構造的な理由、リボンモデルとKPI、不の発見、テストマーケティング、型化とスケールについてお話ししてきました。
これまでの記事はマガジンにまとめています。
最終回のテーマは「いつ新規事業を仕込むべきか」です。どんな成功事業にも衰退の波が来る。そのときに備えて、いつから準備を始めるべきなのか。リクルートの事例と、僕自身の経験からお伝えします。
どんな事業にもS字カーブがある
事業には成長曲線があります。立ち上げ期はゆっくり、軌道に乗ると急成長し、やがて成熟期を迎えて成長が鈍化する。この曲線がアルファベットの「S」に似ていることから、S字カーブと呼ばれます。

重要なのは、どんな成功事業にも必ずこのカーブがあるということです。永遠に成長し続ける事業は存在しない。
リクルートが強いのは、このS字カーブを前提として経営しているところです。1つの事業が成熟期に入る前に、次の成長エンジンを用意している。
ホットペッパーを例に取りましょう。
最初は広告ビジネスでした。美容室や飲食店から広告費をもらって、クーポンを消費者に届ける。これで大きく成長しました。
でも、広告ビジネスだけでは成長に限界が来る。そこで予約システム「サロンボード」を投入した。広告から予約へ、事業領域を拡張した。
さらにその先には「Airレジ」がありました。決済や顧客管理まで取り込んで、業種を問わず、店舗経営のプラットフォームへと進化しています。
既存ビジネスのS字カーブが寝る前に、次々と新たなS字カーブを立ち上げている。だから全体として成長し続けられるのです。
Indeedの買収という決断
リクルートの歴史で最も大胆な決断の1つが、Indeedの買収でしょう。
Indeedは求人検索エンジンです。プログラムが自動的にウェブサイトを巡回して、求人情報を収集して表示する。企業が直接入稿することもできます。
一方、リクルートの既存事業であるリクナビは、自ら媒体を持って、編集・加工することに付加価値を置く求人メディア。思想がまったく違います。
しかもIndeedを日本で展開すれば、リクナビと完全にカニバる。既存事業を自ら食いにいくことになる。
普通の会社なら、こんな買収はしません。とにかく既存事業の売上を守ろうとするでしょう。
でもリクルートはIndeedを買収し、国内でも積極的に展開しました。結果、今やIndeedがリクルートの収益の柱になっている。会社の構造そのものが変わったと言われるほどです。
最近では、リクナビの開発があまり進んでいないという話も聞きます。Indeedの収益が大きすぎて、リクナビのインパクトが相対的に小さくなっています。
自社の看板商品すら、より大きな成長機会のために犠牲にできる。これがリクルートの強さです。
既存事業とのカニバリを恐れた結果
リクルートとは対照的な事例をお話しします。僕がかつて勤めていた会社の話です。
その会社は製造業に特化した広告ビジネスを展開していました。僕がいた当時で売上30億円ほど。毎年20〜30%成長を続けていて、既存事業は盤石でした。
でも、新規事業はほとんど立ち上がらなかった。
第1回でもお話ししましたが、既存事業とのカニバリを恐れて、新しい領域に踏み出せなかったんです。
たとえば、広告ビジネスの次のステップとして、CRMやSFAの領域に進出する案がありました。既存顧客である製造業メーカーや商社は、営業管理ツールも必要としています。リクルートがホットペッパーからAirレジに進んだように、自然な拡張です。
でも、結局やらなかった。
「Salesforceという巨人がいるのに勝てるのか」「自分たちがやる理由があるのか」。やらない理由ばかりが出てきて、打席に立てなかったのです。
食べログのようなレビュー機能を入れる案もありました。ユーザー側の評価を取り入れて、プラットフォームの価値を上げる。でも「広告主からクレームが来たら売上が減る」という懸念で見送られました。
前年割れという現実
僕がその会社を辞めたのは約10年前。その時点でも「このままだと厳しい」という声はありました。
でも、その後も既存事業は伸び続けました。毎年20%前後の成長。盤石に見えた。
ところが2025年、ついに前年割れしたという話を聞きました。10年以上、新規事業を立ち上げなかったツケが回ってきたわけです。
今になってようやく、展示会事業への進出など新しい動きを始めているそうです。でも、S字カーブが下降し始めてから動くのと、上昇しているうちに動くのでは、難易度がまったく違います。
余裕がなくなってから新規事業を立ち上げるのは、精神的にも資金的にも厳しい。選択肢も限られてきます。
既存事業が伸びているときにこそ、次の柱を仕込まなければいけません。頭ではわかっていても、実行するのは本当に難しいことです。
市場規模の天井を知る
以前いた会社で、僕がよくやっていた分析があります。
自社のビジネスモデルで、売上のアッパーはどこにあるのか。S字カーブを導き出すために、市場規模の天井を把握するのです。
たとえば、製造業向けの広告市場を考えます。製造業のメーカーや商社が使っている広告媒体、展示会、専門誌……これらの売上を全部足すと、市場規模が見えてくる。
仮にその市場規模が100億円だとしましょう。でも、1社で100億円は取れない。シェア100%はさすがにありえませんから。
携帯電話のキャリアを見ても、ドコモですらシェア30%台です。どんなに頑張っても、1社で取れるシェアには限界があります。
だから、市場規模100億円なら、取れてもせいぜい30億円。もしすでに売上が20億円を超えていたら、あと10億円しか伸びしろがない。
そうなると、1〜2年以内にS字カーブが寝始める可能性がある。その前に次の事業を仕込んでおかないと、成長が止まる。
この計算をしておくと、「いつまでに新規事業を立ち上げるべきか」が見えてきます。
Sansanの「Bill One」という成功例
最近の成功事例として、Sansanの話をしましょう。
Sansanといえば名刺管理サービスで有名ですよね。「それ、早く言ってよ〜」というCMを覚えている方も多いと思います。
名刺管理事業は順調に成長していますが、成長率は徐々に落ち着いてきています。S字カーブでいえば成熟期に入りつつある。
そこでSansanが立ち上げたのが「Bill One」という請求書管理サービスでした。
面白いのは、名刺管理とはまったく関係ない領域だということ。請求書を受け取る業務をデジタル化するサービスで、競合で言えばSmartHR、freee、マネーフォワードあたりが本来やりたかった領域です。
でも、それをSansanがやってしまった。しかも急成長している。
2023年時点で、Sansanの既存事業(名刺管理)は売上230億円ほど。成長率は年15%程度で、やや寝てきている。
一方、Bill Oneは前年比40%成長。売上も100億円に迫る勢いです。1〜2年前のSansan本体の売上の半分くらいを、すでにBill Oneだけで稼いでいる計算です。
このBill Oneがなければ、Sansanの時価総額は今よりかなり低かったはず。既存事業が成熟期に入る前に、次の成長エンジンを用意できた好例ですね。
Bill Oneが秀逸な理由
さらにBill Oneが優れているのは、事業構造の設計です。
まず、既存事業とカニバらない。名刺管理と請求書管理は、お客さんの財布が違います。名刺管理は営業部門の予算、請求書管理は経理部門の予算。同じお客さんでも、予算の出どころが違うから食い合わないのです。
一方で、営業網は共有できます。Sansanの既存顧客に対して、Bill Oneを追加提案できるわけです。すでに関係性ができているお客さんに売りにいけるから、新規開拓より断然効率がいいはずです。
カニバらないけど、シナジーはある。これが理想的な新規事業の形です。
「本当はfreeeやマネーフォワードがやりたかったはず」と業界では言われています。請求書まわりは彼らの本丸領域ですから。でも、まったく関係ないSansanが先に取ってしまった。これが新規事業のおもしろいところです。
コンパウンド戦略という考え方
最近のSaaSスタートアップでは「コンパウンド戦略」という言葉をよく聞きます。
複数のプロダクトを連続的に投入して、S字カーブが寝る前に次のS字を立ち上げる。失敗することを前提に、とにかく打席に立つ数を増やす戦略です。
Sales Marker(セールスマーカー)いう会社があります。もともとは法人データベースと「インテントセールス」というサービスで成長してきた会社ですが、最近は新規事業を次々と出しています。
人材領域に特化した「リクルートマーカー」、生成AIでプレゼン資料を作る「オルカ」。既存事業と関連があるものも、まったく新しい領域のものもある。
既存事業のS字カーブが寝始めるのを見越して、先手を打っています。外れることを前提に、数を打っているのです。
メルカリも同じです。メルペイ、メルチャリ、メルコイン、そしてメルカリハロ。もちろん、すべてが成功しているわけではないけれど、次の柱を探し続けています。
既存事業が伸びているときに仕込む
このシリーズを通じて、リクルートの方法論をいろいろと紹介してきました。
でも、僕が会社員時代の経験を経て思うのは、結局のところ「自分で現場に立たないと何も見えない」ということです。いくらフレームワークを理解しても、それだけでは新規事業は立ち上がらない。
教科書の知識と実践知はまったく違う。だからこそ、小さく早く打席に立ち続けることが重要なんです。
そしてもう1つ、このシリーズで最も伝えたかったことがあります。
既存事業が順調なときほど、新規事業を仕込むのは難しい。でも、順調なときにしか仕込めない。
リクルートがすごいのは、リクナビという看板商品とカニバるとわかっていても、Indeedを取り込んだこと。既存事業の成功体験を捨てる覚悟があったこと。
その覚悟を持てるかどうか。最後はそこに尽きると思います。
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