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【小説:ショート読み切り】:BUGワールド - 名簿にない旅人(RADIUS未登録端末検出)

BUG(Brain Uplift Gem)は、脳内に埋め込むことで“思考そのもの”を拡張する次世代チップ。

脳の情報処理(演算・記憶補助・認知補正)を加速し、学習や判断、複雑なタスク処理を人間側の感覚のまま高速化。

さらに外部接続端子を介して一般のコンピューターやネットワークと直結でき、データ参照や解析、仮想空間での作業を「手を動かす前に終わらせる」ような体験へ変えます。

脳内に埋め込むための手術は、誰が言い出したのか「BUGを埋め込む」と呼ばれる。

BUGを埋め込んだ者は、思考と機械の境界を薄くしながら、現実と仮想を行き来して働く——それがBUGワールド

外部接続端子にケーブルを挿せば、脳はそのままネットワークに“入国”できます。

それでは今日も、BUGワールドにつなげてみましょう。


BUGワールドの国境は、ゲートだけじゃない。
街に入るための“扉”は、至るところにある。

オフィスの入口。
工場の通用口。
支店の裏口。
そして——無数の小さな門。

今日は、その小さな門の話だ。


当直室の端末に、短い通知が出た。

ーーーー+ーーーー+ーーーー+ーーーー
支店ゲート:接続要求
認証方式:RADIUS
状態:PENDING(審査待ち)
ーーーー+ーーーー+ーーーー+ーーーー

RADIUS。
この街で言えば、名簿で入場を許可する仕組みだ。

入国審査官(僕ら)が見るのは、パスポートの真偽だけじゃない。
「この旅人は、そもそも名簿に載っているか?」
それを確かめる日もある。

僕は端子をつなぎ、意識を沈めた。
視界が切り替わる。
仮想都市の“支店区画”が、夜の霧に浮かんだ。

支店の門は、首都ほど立派じゃない。
灯りも少し淡い。
でも、ここを抜かれれば、道は首都へつながる。

だからこそ、名簿はここにある。


支店ゲートの前には、門番が立っていた。
門番の腕章には「フロアスイッチ-Osaka-2F」と書かれている。
大阪支店に配備していある2階のフロア用スイッチだ。
実際のネットワークで言う、入口の係員。

僕が近づくと、門番は言った。

「旅人が来ています。中へ入れていいですか?」

その後ろに、ひとりの旅人が立っていた。
小さな荷物。
整った服。
焦った様子もない。

“普通”だ。

それがいちばん怖い。

門番は続けた。

「でも僕は、名簿を持っていません。
だから、RADIUS局に問い合わせます」

RADIUSの仕組みは、いつもこうだ。
門番は賢いけれど、決める権限は持っていない
勝手に通してしまったら、門番が国境そのものになってしまうから。

門番は旅人に言う。

「あなたの証明書を見せてください。
あるいは、IDと合言葉を」

旅人が差し出す。
すると門番はそれを“封筒”に入れ、RADIUS局へ送る。

封筒の表には、こう書かれている。

ーーーー+ーーーー+ーーーー+ーーーー
Access-Request(入場申請)
誰が:この旅人を
どこへ:この門から
どの方法で:この証明書で
ーーーー+ーーーー+ーーーー+ーーーー

RADIUS局は、市役所の地下にある。
名簿を管理し、合言葉の正しさを確かめ、
“入れていいかどうか”を返事する場所だ。

RADIUS局が返す返事は、三種類。

  • Accept(入れてよし)

  • Reject(入れてはだめ)

  • Challenge(追加で確認せよ)

門番は、返事が来るまで旅人を通さない。
ここが、RADIUSの強さだ。

“入口で判断しない”。
判断は中央に寄せる。
門は多い。だから判断も散らすと危ない。


門番が封筒を送った。
待つ間、旅人は少しだけ笑った。

「面倒ですね」

「面倒にしているのは、守るためだ」
僕が言うと、旅人は肩をすくめる。

RADIUS局から返事が返ってきた。

ーーーー+ーーーー+ーーーー+ーーーー
Access-Reject
理由:Not in roster(名簿にない)
ーーーー+ーーーー+ーーーー+ーーーー

名簿にない旅人。

門番が旅人に言う。

「あなたは、登録されていません」

旅人の笑顔は崩れない。
崩れない笑顔は、だいたい“二つ目の顔”を持っている。

「登録? そんなもの、あとからでも」

「だめだ」

僕は一歩前に出た。
旅人の足元を見る。
影が、少し遅れて揺れている。

——偽装の気配。

「あなたは誰だ。どこから来た」

旅人は静かに言った。

「ただの端末です。
仕事をしに来ただけ」

端末。
そう、旅人は“端末”だ。
ノートPCかもしれないし、スマホかもしれない。
あるいは、工場のセンサー。

この街では、端末は人と同じように入国する。
ネットワークに繋がることは、都市の一部になることだから。

だから名簿が要る。
名簿には、端末の“身分証”が載っている。

  • 社員の端末

  • 管理された証明書

  • 許可された部署

  • 使っていい時間帯

  • 入っていい区画

……それが全部、名簿に書いてある。

「名簿にないのに、なぜここへ?」

旅人は少しだけ首を傾げた。

「名簿なんて、真似ればいい」

その瞬間、旅人の服の縫い目が光った。
証明書の偽装。
MACアドレスのなりすまし。
IDの盗用。

現実の世界なら、そういう“偽装”はよくある。
でもRADIUSは、偽装を一つずつ削っていく。

門番が言った。

「名簿にない。だから通せない。
証明書が本物でも、名簿にない」

その言葉に、旅人の笑顔が少しだけ固くなった。

そう。
ここが肝だ。

RADIUSは“証明書が正しいか”だけでなく、
“この門から入ってよい存在か”を見ている。

合言葉が合っても、名簿にないならReject。
盗んだIDを使っても、登録端末でなければReject。
これが、未登録端末検出の強さになる。


でも、旅人は諦めない。

旅人は門番の耳元で囁いた。

「じゃあ、あなたが通せばいい」

門番は震えた。
門番は入口だ。
入口が裏切れば、名簿は意味を失う。

僕は門番の前に手をかざした。
検問灯を強くする。

「門番は判断しない。
判断はRADIUS局だ」

旅人が一歩引く。

「局が落ちたら?」

「落ちないようにする。
落ちたら、門を閉じる」

RADIUSは便利だ。
でも同時に、一本化の弱さもある。
だから、RADIUS局は冗長化される。
監視される。守られる。

“名簿”は、街の背骨だから。

旅人は、ついに諦めたように息を吐いた。

そして、消えた。

いや、消えたのではない。
別の門へ向かったのだ。
名簿が薄いところを探して。

支店の裏口。
来客用Wi-Fi。
古い機械の区画。

守りが薄い扉ほど、狙われる。

僕はログを開いた。
旅人の足跡が、いくつか残っている。

ーーーー+ーーーー+ーーーー+ーーーー
Access-Request(複数回)
ユーザー名:既存社員名(盗用)
証明書:未登録
フロアスイッチ-Osaka-2F:支店スイッチ
結果:Reject
ーーーー+ーーーー+ーーーー+ーーーー

盗用されている社員名があった。
僕はその社員へ連絡を入れる。

「あなたの名前で入場申請がありました。
パスワードは変えてください。
端末は今どこにありますか」

現実の世界の作業は、地味だ。
でも、地味な作業が街を守る。


視界が重くなり、当直室の天井が戻ってきた。
端子を抜くと、現実の手が少し汗ばんでいた。

支店からメッセージが届く。

ーーーー+ーーーー+ーーーー+ーーーー
さっき、謎の端末が来客用エリアで見つかりました
接続は失敗していました
でも、念のため隔離しました
ーーーー+ーーーー+ーーーー+ーーーー

僕は短く返す。

ーーーー+ーーーー+ーーーー+ーーーー
良い対応です
名簿にない旅人は、街に入れない
入口で止めて、外で静かに捕まえる
ーーーー+ーーーー+ーーーー+ーーーー

記録に残す。

ーーーー+ーーーー+ーーーー+ーーーー
本日の脅威:未登録端末(RADIUS認証拒否)
手口:社員名の盗用/証明書偽装の試行
防御点:入口(フロアスイッチ)が判断せず、RADIUS局が名簿で判定
重要:名簿(端末登録)とポリシー(入れる区画)を維持すること
ーーーー+ーーーー+ーーーー+ーーーー

最後に、ひとこと追記した。

ーーーー+ーーーー+ーーーー+ーーーー
国境が多い街ほど、名簿が命になる
名簿にない旅人は、優しく断る
ーーーー+ーーーー+ーーーー+ーーーー

今日の事件は派手じゃない。
誰も叫ばない。
ニュースにもならない。

でもこういう夜が、街を長生きさせる。
僕はそれを知っている。

明日もまた、旅人は来る。
名簿の穴を探して。

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